ラブ☆コン







<茜色>








目を開けると、青ではなく紅くそまった空が広がっていた。
視界の端を黒い翼を広げた烏がよぎっていった。
いつの間にか寝入っていたらしい。起き上がると背中が痛んだ。






 赤く染まった道場の床に伸びる黒い影は微動だにしない。
 竹刀を前に置き、禅を組んでいるのは幸村だ。背筋を伸ばし、太陽のような熱を放つ目を閉じている。彼がつねに振りまく熱量はなりを潜め、静謐とした空気がその場には満ちていた。
 戸口からその様を見ていた佐助は、いつものことながらその集中力に感心する。
 おそらく、今ここに自分がいることになど気がついていないだろうと佐助は一人ごちた。
 一度集中したら、幸村はそれ以外のすべてを忘れて没頭する。
 十年を越える付き合いで、それは十分にわかっている。彼のその不器用さと、その才能が佐助は羨ましくもあり、好ましくもあった。
 見据えるものを決めたとき、彼はけして揺らがない。彼のふるう太刀そのままに。

しかし、だからといって傷つかないわけではないのだ。

「ユッキー。」
「ん・・・・佐助か。すまない。待っていてくれたのか?」
 半時ほどして、佐助は声をかけた。
 幸村が今気づいたという顔で、戸口に立つ彼の方を見た。逆光になって眩しいのだろう、かすかに目を細めている。
「そろそろ帰った方がよくない?」
「む、そうでござるな。」
 壁時計に目を向け、始めて時間に気がついたと言わんばかりの様子に佐助は苦笑を浮かべた。竹刀を片手に着替えに向かう幸村を見送って、佐助は道場を出た。
 バサリと羽音をたて、烏が道場脇の木の枝にとまった。
 黒く伸びる校舎の影と、夕日に沈むグランドを見るともなしに見ていた佐助は、グランドの端をよぎる細身の人影に、おや、と眉をあげた。
 伊達政宗だ。
 彼は確か、どの部活にも入っていないはずだ。
 授業が終わって大分時間がたつのに、いわゆる帰宅部の彼の姿を学内で見かけるとは思わなかった。
「佐助、待たせた。」
「はいはーい、じゃあ施錠するね?」
 木戸をしめ、預かっていた鍵で重々しい錠をかける。さて、行こうかと振り返ると、立ちすくむ幸村の姿があった。彼の視線の先をたどり、得心がいった。
 幸村もまた伊達の姿に気がついたのだ。
 走っていってまた勧誘するだろうか、と見守る佐助の視界の中で、幸村の背は動かない。
いつもならば、姿を見ればそのまま突っ走って行くのに。
 そっと後ろから近づき、様子をうかがう。
 幸村は、どこか戸惑ったような、困ったような顔をしていた。

 ああ、やっぱり、と心の中で呟く。

 彼らしくないと、一言で言えばそうなるが。
 幸村だとて、邪険にされ続ければいい加減傷つくし、考えることも出てくる。
 心がないわけではない。頭がないわけではない。
「ユッキー。」
「佐助。某は・・」
 ああもう、そんな顔しないで、馬鹿みたいに突っ込んでいってくれよ。
 あんた、それしか取り得がないんだから。
 ふう、と溜息をはいて、佐助は苦笑を浮かべて幸村を見た。
「別に嫌いじゃないってさ。」
「?」
「伊達政宗ちゃん。ユッキーのこと、嫌いじゃないってさ。」
 だから、ね。
 行っておいで、と目を眇めて、背を軽く押してやる。
「!!」
 弾かれたように走り出す、赤い夕日に融けて行く背中を見送る。
 何だか最近若人の背中を見送ることが多いなーと思いつつ、それもまた年長者の醍醐味か、と。
「若いっていいね。」
 











<赤鋼>


「伊達殿おおぉぉ!!!」
 すでに聞きなれた大声が、時代錯誤の言葉遣いで、暑苦しい気配とともに彼方から此方へ近づいてくる。
政宗とて聞きなれたくてききなれたわけではない。
 新学期から遅れること二週間、編入した先で出会った真田幸村は毎日のように暇があればやってきて剣道部に入部を勧める。
 彼本人を好きだとか嫌いだとかいう以前に、それがただわずらわしかった。
 煩いということもわずらわしいということも、もちろんあったが。
 その結果つい扱いも邪険になり、姿を見ると条件反射で柳眉をしかめることになる。
 今もまた、走りよって来る真田を、一つだけの左目で睨みつける。
 いい加減、諦めない根性は意味感心に値するが、鬱陶しいことこの上ない。
「なんだよ。剣道部ならはいらねーぞ。」
 機先を制し、開口一番にそう言ってやると、それまでの勢いが嘘のようにしゅんと落ち込んだような顔をする。
 なんだか耳と尻尾をたれた犬のようだ。
 と、思うと先日校舎裏で言われたセリフがよみがえる。
 剣道部のOBだと言っていた、にやけた軽そうな男。そのくせ、どこか鋭い。


『犬って走ってるものを全力で追っかけるから。』


 ああ、確かにな。
 逃げたら条件反射のように追うのかもしれない。
 ならば。
「お前、なんでそんなに、オレに入部して欲しいんだ?」
 そもそも何故、こいつは自分ことを知っているのだろうか。
 自分から、問い返したのは初めてかもしれない。
 幸村は驚いたような顔をして、その後少し嬉しいような寂しいような、そんな複雑な表情を浮かべた。
 こいつにはこんな表情は似合わないと、その時、政宗は直感的に思った。単純バカにはもっとシンプルな表情の方がいい。
「その、某、最初に申し上げたと思ったが・・・・」
「覚えてねー。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 幸村は呆れたような、諦めたような顔をし、やがて意を決したように政宗の顔をまっすぐに見た。
 こちらを見据える眼差しに、どこか既視感を覚える。
 会ったことはないはずだ。
「某、中等部二年のときに、伊達殿と全国大会で剣を交えことがあります。」
「あ?」
 そういえば、そんなことをきいた気がする。耳があっても聴く意志は必要だ。
「決勝で、その時、某は伊達殿に敗れました。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 言われて、思い出す。
 中学時代、伊達が剣道大会に出たのは一度だけだ。三年生の時、学校の剣道部に人数合わせでと必死に頼まれ、ついでに担任にも頼まれ、何よりも島津の勧めもあって、仕方無しに参加した。
 団体戦は二回戦か三回戦で彼以外が負けたために敗退したが、個人戦では優勝を果たした。
 常に自顕流道場で大人に混じり鍛錬を積んでいた彼にとっては、いささか物足りない試合が多かった。強いものがいなかったわけではないが、面白みがなかった。



 だがそれは決勝戦で一蹴された。
 決勝の相手は年下、二年生だった。
 彼は強かった。そして、何より、楽しかった。
 真っ直ぐな太刀筋も、繰り出される一撃一撃が烈火のようで、突き進むその姿勢が。
 剣を交えている間中、今までになく興奮した。今にして思えば、あれを武者ぶるいというのだろう。



「あれは、お前だったのか。」

 初めて気がついた、というように自分をみる伊達に、幸村はやっと満面の笑みを浮かべ大きく頷いた。












一言
人の話は聞きましょう。
というか、サナダテ一歩前進・・・?