ラブ☆コン









<赤提灯>







「おやじさん、ラーメン三丁ね。」
「あいよ。」
「あと、ビールとオレンジジュース二つ。」




 ほのかな明かりが蛍のようだ。
 高架下の小さなラーメン屋にすわり、政宗は内心困惑していた。
 何でこんなことになってんだ?



 遡ること一時間前。
 夕暮れのグランドでいつものように真田に突撃され、政宗としては思いがけない事実を知って驚いているうちに、先日校舎裏で出会った猿飛という男がひょっこりと現われ、立ち話もなんだからという理由で押し切られ、今にいたる。
 気がつくと、両隣を猿飛と真田に挟まれる形でラーメンをすすっている自分がいた。
 どうなってるんだという政宗をよそに、隣の幸村は満面の笑みを浮かべている。
「うまいでござるな!!!」
 確かに美味い。豚骨味だがくどすぎず、だがあの独特の濃厚な風味が損なわれていない。生姜を加えて食べると更にいける。
「お、兄ちゃんいい食べっぷりだな!!」
「おかわりでござる!!」
「ユッキー、そんなに慌てなくてもいいから、あ、親父さんオレも。」
「あいよ、そっちの兄ちゃんは?」
「くれ。」
 しばらく黙って、ラーメンをすする。
 博多名物、替え玉ラーメン。
 「本場九州・豚骨ラーメン」と書かれた赤い提灯がゆらゆらと揺れている。
 ガタガタとやかましい音をたてて頭上を電車が走っていく。
「豚骨ってクセあるけど、たまに無性に食べたくなるんだよねー。」
「・・・・・・・・・ていうか、何でオレ達、ラーメン食ってんだ。」
「え、ユッキーがおなかすいった言うから。豚骨ラーメン嫌い?」
「いや、好きだけど、ていうかそこじゃないだろう、問題は。」
「まあまあ、いいじゃない。」
 ね、と笑われ、さらに反対隣に座り、心の底から幸せそうにラーメンを食べる幸村を見ていると、いつまでも拘っていることがバカバカしくなる。
 空腹ではあるし、ラーメンは美味い。
 
 まあ、いいか。


「おかわりでござる!!!」
「オレも。」
「おやじさーん、ビールと黒豚チャーシュー追加ねー。」









<白熱灯>






「ふう、満腹満腹!!」
「お前の胃袋、どうなってんだ。」
 幸せそうに歩く幸村の半歩ほど後ろを歩く政宗は、彼の食べっぷりを思い出し、心底呆れていた。確実に自分の倍以上は食べたであろう。
「まあユッキーは育ち盛りだし基礎代謝推定20000キロカロリーだし。」
「基礎代謝高すぎだろ、それは。」
 あり得ない。何だ、その基礎代謝。成人男性の何倍だ。
 ついでに言えば隣を歩く彼も涼しい顔でかなりの量を腹に収めていた。一体この細い身体の何処にあの量が入っていったというのか。人体の神秘だ。
 あり得ない。
 




 ブラブラと、夜の路地裏を歩き、やがて騒がしい車の音、人の喧騒が近づいてきた。その騒がしさが何処か懐かしくもあり、遠いもののようにも感じられた。
 大通りでると、佐助は「じゃあね。」といって人ごみの中に消えていった。何でもこれから夜の仕事があるということだった。
 オレンジ色の頭が見えなくなると、不意に、空白が訪れた。
 三人が二人になり、沈黙が少し重く感じられ、幸村はじっと隣の政宗の顔を見た。
「何かついてるか?」
「いえ・・政宗殿の住まいはどちらですか?」
「ああ、こっちだ。」
 彼が指し示したのはちょうど学校がある方だ。
「同じ方角でござるな。」
「そうだな・・・行くか。」
 促すと嬉しげに歩き出した。
 肩を並べて、埒もない会話を交わしつつ、家路に着く。
 政宗が一人で学校近くのマンションを借りて暮らしているというと、大仰なほどに真田は驚いた。寮に入らないかと問われ、門限等が面倒くさい、家事なら自分でできると答えると幸村はひどく感心した。その反応は素直で彼の人柄がよくわかる。真田はというと家族とともに実家で生活しているという。
 ぽつりぽつりと街灯の燈る道を、歩いていると政宗は不思議な気分になってくる。
 まるで長年の友人といるように気負いがない。
―――ラーメンにつられたわけじゃねーからな。
 断じて餌付けされたわけではない。
 餌付けならばされるよりするほうだ、むしろ。
「その、伊達殿・・・」
「あん?」
 隣を振り返ると、いやに真剣な顔をした幸村がいた。
「やはり、剣道部には・・・・・・・・・。」
 また、その話か。
 本当に諦めが悪いと閉口するが、前ほど嫌ではない。我ながら現金なことだと自嘲しつつも、この先これが続くのは、いい加減遠慮したい。
 だから。
「入らねー。そもそもオレは部活動ってのが好きじゃない。」
「・・・・・・・・・・。」
「それに」
一度言葉を切り、幸村の目をまっすぐに見つめた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・オレの師匠は一人だけだ。」

「!?」
「だから、入らない。・・・・・YOU SEE?」
「あ・・あい・・・しぃー・・・・・・。」
「GOOD!」
 にやりと笑うと、口をぱくぱくさせながら、幸村は赤くなった。
 面白いと、人が見たら意地が悪いというだろう笑みを浮かべる。
 幸い幸村は気がつかなかったようだが。

「あ、オレんち、ここだから。」
 そう言って、指し示すのは、真新しい小奇麗なマンションだった。大理石のエントランスロビーが、やわらかな光に包まれていた。
「では、伊達殿。」
「政宗。」
「は?」
「またな、幸村。」
 にやりと笑ってそう言うと政宗は背を向けた。
 やはり、面白い。
 言われた言葉を幸村はやっと理解し、そして、満面の笑みを浮かべて大きく手を振った。
「はい!!政宗殿、また明日!!」
 背を向けたまま、ひらひらと手をふる彼の姿が消えるまで、幸村は手を振っていた。



「また、明日。」
 今日よりも昨日よりも、すばらしい日になりますように。








一言。
一歩前進。友情物語。
サナダテの道のりは遠い・・・・・・・・・。