ラブ☆コン









始めて彼を目にしたのは、中学生の時だと思う。
心の底から、驚いた。
無駄のない動き、清冽とした気迫、鋭い太刀筋。猛々しさの中に潜む、技巧。
 お師匠様が常々おっしゃられていたことがわかったと、その時、自らの内に知らず育っていた慢心があったことを恥じた。
そして、彼と剣を交えてみたいと、強く願ったのだ。



「イタチ、どの・・・・・・」









<青嵐>






 気に入らないことばかりが目につくのは世の常なのかもしれない。
 例えばさして広くもない校庭を囲む、桜の木々。
 葉桜だった。それはそれで趣があると思えないのは、足元に広がる景色のせいだけだろうか。
 花の盛りは過ぎ、踏みにじられた花弁がアスファルトに張りつき、薄紅であったそれは茶褐色に変じ、かつて咲き誇ったものとは思えぬほど寂れた風情だ。
「SHIT・・・・」
 歩き出す彼の耳に、終了を告げる鐘の音が響いた。






 春の、温んだ日差しの下、幸村は大きく伸びをした。クスクスと通りすがりの女子生徒に笑われ、幸村は頬を染めた。
 待ちに待っていた部活動の時間だ。授業が嫌いなわけではないが、机に噛りついているよりも、身体を動かしていた方が好きだ。特に最後の授業が最も不得手とする英語だったため、解放感はひとしおである。
 それに、スポーツ特待生の幸村にとって、何よりも優先すべきことは部活動である剣道だ。すでに昨年、高校一年生にして全国制覇を成し遂げていたが、彼はそれに驕ることはなかった。誰よりも尊敬する師匠が常々言うように、日々の鍛錬こそが重要なのだ。それを怠ればどれほどの才があろうとも、活きることはない。少なくとも自分はそう思う。
 鞄を片手に武道場に向かっていた幸村は、渡り廊下のところで前方から歩いて来る人物に目を引かれた。
制服ではないため、この学校の生徒ではないのだろう。学校という環境下ではそれだけで十分に目立つ。さらに、彼には目立つ要因は他にもある。
 立ち姿や姿勢が、武道をやっているもののそれであるとか、あるいは、長い前髪に隠された顔の右半分を覆う眼帯だとか。
 だが、それだけではない何かがあった。
 つと青年が、幸村に視線をあてた。幸村はいささか不躾ともいえる視線を向ける自分に気づき、さすがに無礼だったと焦り。
 そこで気づいた。
 いや、思い出したというべきか。
「HEY、オレに何か用か?」
 見事なイントネーションで呼びかける青年を、正面から見つめる。
 間違いない、彼だ。
「イタチ殿ではござらぬか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・WHAT?」





「どうしたの?ユッキー。そんなに興奮して。」
 いつもよりも、少し遅めに道場にあらわれた幸村に、猿飛佐助は軽い口調で声をかけた。すべての感情が表に出てしまう幸村はもともと非常にわかりやすい。よく言えば素直というのか。彼が道場に通いだした頃からの長い付き合いの佐助でなくても一目瞭然だ。
 何か、よいことでもあったのだろう。
 とても良いことが。
「佐助!!!・・・・・・・・・・・・伊達殿にお会いした。」
「は?ダテ?・・・・・・・・・ってあの、中学の時、全国大会の決勝でユッキーが負けたあの伊達政宗?」
「そうでござる!!」
 ぱあ、っと顔を輝かせて頷く。
 その、とてつもなく嬉しげな様子に、まあ無理のないことかもしれないと佐助は思う。
 真田幸村は、こと剣の道において比類ない才を見せた。そしてその才を最も引き出す師に恵まれ、何より彼自身がそれを磨く努力を惜しまなかった。
 そんな、物心ついた頃より、大人にまじって鍛錬を重ねてきた彼にとって、それは初めてのことだったろう。
 同年代の少年に負ける。
 正直、佐助も驚いたのだ。だから幸村を負かした相手の名を覚えていた。今、唐突に告げられた名前が誰のものか即座に思い浮かぶほどに。
 伊達政宗。幸村の一つ年上の少年だった。面を取った彼を見たとき、佐助は二度驚いたものだ。
  隻眼の剣士など、まるで物語のようではないか。
 幸村は、負けたことを悔しがらなかった。それよりも、むしろ、良い試合に興奮し好敵手の出現に喜んでさえいた。
 だが、彼が、伊達政宗が再び幸村の前に立つことはなかったのだ、これまで。高校に入学して、彼の姿をどの大会でも目にすることはなく。
「この学校に編入してこられると言っていた。」
「あらま。」
「ああ、お手合わせ願えるかもしれない・・・!!」
 いや、剣道部に入部したらいつでも彼の太刀が見られるのだ。
「うおーーー!!お師匠様―――!!」
「や、今日、武田の師匠いないから。」
 興奮して叫びだす幸村に、とりあえず部活始めようよ、と促すと特大の笑顔が返ってきた。
 ああ、そんなに嬉しかったんだ。
 よかったねー、と佐助はつられるように眦を緩めた。









<風見鳥>




 

こういうタイミングでこういう場面に遭遇してしまうのはもはや性分かもしれないと最近は思う。


「てめー、生意気なんだよ!!!」
「人の女に色目使いやがって!!!」




・・・・・・・・・・・おいおいおいおいおい、一体ナンなんでしょうね?
 今時、これってありですか?
 これっていうのは、まあ、つまり放課後の校舎裏に呼び出して、つるんで一人をボコルというあれですよ。青春漫画やドラマで定番の。
 しかもわかりやすく、人相がよろしくない連中がそろっているとは、お約束過ぎだ。
 絶滅してなかったのか。

「HA!!LOSERDOG!!」
「うるせー!!!やっちまえ!!」

 と、思っていたらはじまっちゃったよ。どうしよう、コレ。
 無視をするという手もあるが後味が悪い。だが。
 ちらりと状況を確認すると、四対一にもかかわらず、不良たちの方が劣勢だ。当然といえば当然だろう。
 相手は、あの伊達政宗だしね。
 ああ、でも刃物とか持ち出しそうなくらい頭が悪そうな連中だ、と思う。
 そうなってはいろいろとシャレにならない。
 仕方がないと、佐助はとりあえず陰に潜めていた気配をあらわにし、喧嘩中の彼らに近づいた。
「お取り込み中悪いんだけど。」
 どこかのんびりとした、場にそぐわない声が響く。
 それは予想以上の効果を発揮し、暴れていた彼らの動きがぴたりとはかったように止まる。いや、動きがとまったのは伊達以外の者たちだ。その一瞬の隙を見逃さず、政宗は不良たちに容赦のない一撃を加えて地面に沈め、ついでに足蹴にする。
 さすがに酷い。
「うわ、えげつないよ・・」
「四人つるんでしか喧嘩をうれねー馬鹿共にはこれくらいで十分だ。」
 HA、と鼻で笑う。
その様は非常に彼に馴染んだものだが、何だか不良たちの言っていた「生意気だ」という言葉がよく理解できるものがあった。
 だからといって勿論彼らの肩を持つつもりはないが。
 まあ言ってみれば自業自得だ。
 鋭い左目が、胡乱気に佐助を見る。
「で、あんたは?」
「俺?ああ、始めまして。猿飛佐助。この学校のOBで今日は後輩の指導に来ました。」
「後輩?」
「そ、剣道部。」
 剣道部ときいた途端、政宗が柳眉をよせた。一気に不機嫌そうなオーラを放ちだす彼を見て、佐助は内心溜息をついた。
 何やったの、ユッキー・・・・?
「えっと、うちの子がお世話になってます。」
「世話した覚えはないぜ?つーか指導に来たならきっちり躾けとけ。」
 手厳しい言葉に佐助は苦笑いをこぼし、すたすたと政宗に近づく。
 そして。
「うわ!!!」
 政宗の足元で、倒れていた不良学生の、今まさにナイフを取り出して襲い掛かろうとしていた手を足で踏みつける。
「やめときなよ、もう。」
 口調は相変わらず軽く口元には笑みが浮かんでいるが、底に潜む殺気を隠そうともせず、彼らを見下ろした。
「ひ・・・!」
 這うようにして逃げさる彼らを見送り、政宗に目を戻した佐助は、彼の不機嫌オーラがさらに増していることに気づいた。
 一体何故かと問いかけようとする前に、原因を直感的に悟る。
「・・・借りをつくった、とか思ってたりする・・・・?」
 確認に近い問いに、政宗は嫌そうに顔をしかめた。
 ああ、やっぱりと納得し、意外と古風だな、と思う。
 正直もっと破天荒で傍若無人な少年だと思っていた。
「じゃあさ、一つきいていいかな?」
「・・・・・・・・なんだよ。」
 憮然としてはいるものの律儀に応じる彼に佐助は微苦笑を浮かべた。
「あのさ・・剣道部、入らないのはユッキーが嫌いだから?」
「あ?」




 そう、伊達政宗は大方の予想と期待を裏切って剣道部に入部しなかった。
 幸村の落胆振りは見ていて辛くなるほどだった。そして非常に鬱陶しかった。
滅多にないほど落ち込んだ彼に「ユッキー、男なら押して押して押しまくれ」と無責任な檄を飛ばし、復活した幸村が政宗勧誘に乗り出したのは少し前のことだ。
 今のところ、戦果はあがっていない。
 そして今の様子を見るに、むしろ逆効果のようだった。
―――――ごめんね、ユッキー。
 しょげかえっていた彼を思い出し、本当に少しだけ、悪かったなーと思う。
 だからこそ、今、ちょうどよい機会に恵まれたこともあり、政宗本人に聞いてみたりするわけだ。




「ユッキーって真田のことか?」
「うん、そう。」
「嫌いじゃないぜ、別に。」
「そっかー。」
「鬱陶しいけどな。」
「・・・・・スミマセン。」
「躾けとけ。」
「いやいや、いい子なんだよ、ユッキーは。ただ・・・・」




「犬って走ってるものを全力で追っかけるから。」
 その言葉に、今までで一番嫌な顔をされた。









<蒼穹>




 空は青く青く。どこまでも高くすべてを吸い込んで。




「・・次はアジアってどういうことだよ!!きいてねーぞ!!!しかも、あの国、いつ暴動が起きるかわかんねーとこじゃねーか!!政権だって安定してねーし!!!」
「おお、わいはまこててんがねちごなぁ。」
 感心感心というように目を眇める男を、誤魔化されるかと睨みつける。
「・・わいは日本においんないかんよ。」
「フザケンナ!!!今回だって連れてこなかったじゃねーか・・・オレが!!」
 自分で追いかけてきたのだ。この国、アメリカまで。
 怒鳴って、しまいには泣きそうになって、頭を撫でられた。
 嫌だった。弱い自分も、子供のような自分も。わめくことしかできない、自分も。
 何よりも彼が一人で行ってしまうことが一番嫌だった。
「政宗、一年しったらまたばい会えるきい。」
 心配するなと優しい目が告げる。この目は反則だ。
 そして、こういうときに名前を呼ぶのも反則だ。
「ざけんな。年寄りと若者じゃ時間感覚が違うんだよ。」
 ああ、一年前にもまったく同じ言葉を交わした。
 そしてやはりその一年が耐えられなくて、自分は高校をやめ、彼の、島津の後を追ってアメリカへ来たのだ。
「政宗。」
「なんだよ。」


「                 」





 屋上で寝転がっているうちにいつの間にかまどろんでいたようだ。
 目をあけると高く澄み切った空が視界いっぱいに広がった。抜けるような青空を若葉の匂いをのせた風が駆け上っていく。
「今頃、なにしてやがるだろうなー・・・・・・・」
 島津の爺は。
 豪快に笑いながら、ガキ共に剣を教えているのだろうか。それとも大人たちを鍛え上げているのだろうか。鍬をかついで農作業をしてるかもしれない。それとも酒を飲んで二日酔いで寝ているだろうか。
 想像のどれもがありえそうで、少し笑えた。
 ああ。
 大丈夫だ、あの爺なら。
 殺したって簡単にくたばらないだろうし、大体あのクソ爺に誰が勝てるというのか。暴動のニュースもまだ伝わってこない。大体ボランティアの邦人に何かあったらマスコミがうるさいくらいに騒ぐ。
 でも。
「やっぱり、一年は長いぞ・・・・・・・・・・クソ爺。」
 こんな何でもない時間にすら、思い出すのはここにいない人間のことだ。

















一言
 サナダテのはずなのに大前提で島津伊達。あげく佐伊達といわれた。
 何ゆえ。
 島津の爺様のセリフの空白にはお好きな言葉を。
 ちなみにオフ友は「帰ってきたら結婚しよう」だと主張しました。それもまたよし。