愛ニツグ









真夜中に目が覚めた。








 きっかりと独眼が開いた。
 これはどうしたことだ。
 隣に眠る幸村を起こさぬよう、気をつけながら政宗はゆっくりと半身を起こした。
 まどろみも何もなく、ただ意識だけが覚醒した。
 曲者の気配を察したのかと周囲を伺うが、それらしい気配はない。

 偶に、あることだ。
 
 真夜中に目が覚めた。ただそれだけのことだと、結論づけ、傍らの温もりに引き寄せられるように、寝なおそうと温かな布団に潜り込みかけて。
 それに気づいた。
 寝入るまで途切れることのなかった雨音が消えていた。
 かわりに凍てつくような空気の冷たさを肌に感じる。
 失った目一つの代わりに人より気配に聡い。それは人の気配にのみ限ったことではなく。
 今、障子を開けて見れば、しんしんと降り積もる白を見ることができるだろう。


 雪だ。


 神無月に入れば寒さはいや増すが、最近の冷え込みは、コレのせいかと一人ごちる。
 奥州の冬は早くに訪れ、長い。
 この雪もやがて降り積もり、世界を白く閉ざすだろう。
 ――――――――それはつまり、戦が遠ざかるということだ。
 雪深い山を踏み分けて軍をすすめるような愚かな将がいたとすればすでに淘汰され、この辺りにはもう残っていないだろう。
 自軍もまた然り、だ。
 天の理を逆らっては得られる勝利をも逃す。


 雪解けの季節まで、PARTYはお預けだな・・・・・。

 
 そう一人ごち、はたと気づく。
 その事実は政宗に思いがけなく内に宿る複雑な想いを気づかせた。
 戦を恐れたことはない。
 この身は死をも恐れず、自らが先陣をきり敵兵の中に飛び込み、六の爪で数多の兵を裂いてきた。
 乱世の宿命といえばそれまでだが、戦は兵が夢の階だ。天下へ続くそれに足をかけることに躊躇いはない。
 だが。
 冬の訪れを喜ぶ心が、胸の内に存在するのだ。
 冬になれば、戦はない。

 それは。
 つまり。






「ん・・・・・まさむね・・どの・・・・」
 傍らから幸村の声が自分の呼ばう。
 起こしてしまったのだろうかと思ったが、落とした視線の先に健やかな眠りの中にいる彼がいた。
 寝言かと胸を撫で下ろし、そして改めて、眠る顔を見つめる。
黙っていれば存外に整っているその顔には未だ幼さが残り、戦場で畏れられる紅蓮の鬼の名残は到底見出だすことができない。
だが、その熱だけは何処にあろうと変わらない。今も触れ合う体は、招くように投げ出されている手枕は温かだった。
こんな凍てついた、雪の降る夜にあっても。




幸村の夢には自分が存在するのだろうか。
自分の夢には、幸村の存在はないというのに。




 ソロリと手をのばし床に散る茶色の髪に触れた。
 夜の露をはらんだような冷たいそれに指を絡める。
 それでも起きるそぶりを見せないのはさすがに武将としてどうだろうか。
 それともそれだけ心を許しているからだろうか。
 己以外の何者も信じられぬこの戦国の世で、ひたすらに清冽であり、振るう槍のごとく迷いも曇りもないのが、この男だ。
 裏切りも騙し合いも日常のこの現で、バカと枕詞をつけたくなるほど正直で、自らを貫く、武田の一番槍。
 
 真田幸村。
 
 主君である武田信玄に捧げるその忠義が揺らぐことはない。
 だからこそ、幸村が幸村である限り、その先に、共にある未来はない。
 今は休戦条約を結んでいるとはいえ、武田と伊達は互いが天下を狙う身だ。
 どちらかが引かねば、いずれはぶつかりあい雌雄を決することになるだろう。
 それは必然であり、戦国の世に定められた理である。

 



 俺の夢の果てに、この男はいない。





 そんなことはわかっていたはずだった。
 いずれは互いの刃の先にその姿があることを。
 次に戦場で相見えたならば自らの手にかける覚悟さえもとうに出来ていたはずだ。 
 その上で、その障壁を越えてきたこの男を受け入れた。
 己が勝てば死にいく男に涙を流し、この男が勝てば笑って逝ってやろうと思っていた。
 そのはずだった。
 それなのに。





 戦も死も恐れはしない。
 だが、コレを失うこと、を自分はいつの間にか恐れるようになっていたのだ。
 戦が遠ざかれば、それだけ武田との戦とも遠のく。
 幸村との絶対的な決別が、遠ざかる。
 この冬の最中に手にした灯火一つを失いたくないと願うのだ。
 独眼龍ともあろうものが、何と愚かなことだ。
 自らを嘲ったところで、こればかりはどうしようもない。
 後の祭りだ。
 いっそ笑いさえこみ上げてくる。
 
 いつの間に、この男はこれほど心の内に入り込んだというのか。
 恐れを知らぬ心を侵食する想いはいつの間に降り積もったというのか。
 ひたひたと近づく恐れを、拭うことは最早できないだろう。
 あと何度、凍てつく夜の直中に目を覚ますだろうか。




「まさむね、どの・・・?」
「SORRY、起こしちまったか。」
 夢うつつをさ迷うような目が見上げてくる。
 言葉が届いているのかどうか、知る術は無いが、幸村はうっすらと微笑み、髪に絡む冷たい指先をとらえた。
「冷えておいでだ。」
「元々体温が低いんだよ、俺は。」
 どこかのお子様と違ってな、と憎まれ口を叩くが、口元に淡い笑みを浮かべていはまったく意味が無いだろう。
 そっと腕を引き、身体を抱き寄せる幸村に抗うことなく、されるがままになる。
 抱きこまれた腕の中はやはり温かだ。
 ほうっと息をつき、自分がどれほど冷えていたのか、思い知る。
「夢にも現にも政宗殿のお姿がある・・」
 ひどく幸せそうな声が真近から降りてきた。
 意外と欲張りな奴だ。
 夢か現かどちらかにしろよ。
 溢れ出る悪態をかみ殺し、瞳を閉じた。
 今はまだ、それでよいのだ。






 幸村は迷いなく、いっそ愚かしいほど直向に政宗に想いを告げることを畏れない。(その姿勢こそがこの男を形作るものだ)
 「愛している」と。
 「お慕いしている」と。
 幾度となく告げられたそれらに政宗は答えを返したことはない。
 返せるはずがない。
 誇りと矜持だけがその理由ではなく。

 『愛している』

 それに次ぐ言葉を俺達は持たない。
 共にあることも、傍を離れないと誓うこともできないのだ。
 願うことさえも許されないだろう。
 政宗は伊達家の当主であり、幸村は武田に仕える武将だ。
 背負うものを含めて、形作られた互いを思うならば、先にあるものは一つだ。
 だからこそ、言うことはない。
 



  次ぐ言葉がないということは、それが果てだ。
 



 それならば。
 我らが終幕にこそ告げよう。










 最後の言葉が「愛している」なんて最高にCOLLじゃないか!!


















一言
「つくばねの峯よりおつるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる」
超意訳(宗様的):Oh、My god!始めはほんの僅かに情が湧いただけなのに、いつの間に深く降り積もって淵みてーに
深くなっちまいやがった!! 
★筑波山は茨城にある山です。


自分的裏お題。というよりこれがメインになった気が。
シリアスを書こうとしたらヲトメ化が止まらない。
夜、政宗様が揃うと際限なく乙女化する法則が鱶屋にはある模様です。
すみません。何かに対してとりあえず誤っておきます。