今年もよろしくお願い致します。
確かにね。
始まりってのは大事だよ。
最初に躓くと、そのあとも躓きっぱなしってことは、ある。
ていうか、オレの人生そんな感じだし。
あ、やばい新年早々おちてきた。やばい、自分。
武田軍忍軍頭、猿飛佐助。
彼は座敷の床の間にかけられた掛け軸を前に、ひっそりとため息をついた
遡ること、数日。
「一年の計は元旦にあり」
その信玄の言葉に感服した(いつでも感服しているが)幸村が書いた書初めが、そこにはかけられていた。
けして達筆ではなく、洗練されてもいないが、主の人柄を感じさせる実直とした、けれども力強い字だ。
それは、好ましい。だが問題は、そこではない。
『健康第一』
今年の抱負、という題目のはずだ。
間違ってはいない。間違ってはいないけれど。
「でもさ、どこの童だよ・・・・・」
そう思わずにはいられない。
確か主は今年十七のはずだ。
たしかに若いが、それでも戦場においては「赤き戦神」と畏れられる武田軍きっての猛将だ。
それにもかかわらず、『健康第一』とは。
少しばかり切なくなるが、それでも、と思い直す。
甘味に目がなく、口をついてでる言葉のほとんどが「おやかたさまあぁぁ」であるが、
おまけに、毎日そのお館様と愛の殴り合い衆人環視の中で行う暑苦しい主ではあるが。
やばい、言っていて自分でちょっと泣けてきた。
それでも、と手元にある部下からの報告書にそっと目を落とす。
どうやら、各武将も、慣わしとして、書初めを行ったらしい。
各国の動向調査のついでにあげられた(別に義務付けたわけでもなにのに)その内容を確認し、
佐助は正直、苦笑いを浮かべるしかなかった。
お館様の「風林火山」(でもこれは今年の抱負というより人生戦略だろうということはあえて突込まなかった)織田信長の「天下布武」はいいとしても。
上杉謙信の「びしゃもんてん」(ひらがなかよ!!)とか、長宗我部元親の「大漁」ってのはどうよ!?
今年の抱負じゃないじゃん!!!
明智光秀の「美食倶楽部」っていうのはから別物にしとくけど!
ザビーは仕方ないでしょう、「ラブ&ピース」でも!!南蛮人だからね!!!
でも、お前ら日本人だろう!?
ていうか、一国一城の主だろ!!!
心の中でのみ、絶叫する。
忍びたるもの、どれほどの動揺があったとしても、表情に内面の葛藤をおくびにもださない。
まあ、自分が誠の意味での忍びであるかどうかは別にして、だが。
(あれだけ忍んでないとやはり自分でも考えさせられる)
ああでも、と脳裏を過ぎるのはつい、一昨日のことだ。
国境を接する北の雄という政略面に加え、主である真田幸村が随分と意識していることもあり、
佐助自らが潜入したのは奥州筆頭伊達政宗の居城、青葉城。
独眼龍の異名をとる伊達政宗は、幸村よりもわずかに二つ年が上である。
奥州という京から離れた雛にもかかわらず、茶道華道に香道までたしなみ、その筆も名跡と評判高い。
実際、目にした彼の文字は、確かに美しかった。
しなやかで、どこにそんな繊細さが隠されていたのかと、佐助が感嘆するほどに。
達筆だった。
だが。
「オレ龍」
ってなんですか?
本当に、達筆だった、と今思い返してもやはり思うのだ。
だが。
目の前にある、幸村の書初めをみて、ため息をはいた。
彼の筆に比べれば、無骨で稚拙なものであるが。
何だろう、すごく、安心する。
「『健康第一』・・・・・・いいじゃん。」
良い言葉だ。
やはり人間、身体が資本だよね。
そう締めて、忍びはまた、明日も主につくすことを決意した。
そっと軸に向かって頭を垂れる。
「今年もよろしくお願いします。」
今年もよろしくお願いします。bY鱶屋フミカ