忍びの仕事・2








忍びの仕事ってなんですかねぇ。





 信濃の山道で雪に降られ、うっかり迷子になりかけて得体の知れない何かに救助され、命からがら林檎を籠いっぱいに背負って奥州に向かう姿を宿場の者達に怪訝な顔、あるいは若いのに気の毒にという顔で生温く見送られて、いい加減全身全霊疲れていたらしい。
 縁側で思わず呟いた言葉をききとったのはこともあろうに伊達の旦那だった。
 面白い、とでもいうように、片眉をあげる顔を見て、俺はかなり後悔した。
 別にきかれても構わなかったと言うか正直しんどかったというか。
 だが。
 よりにもよって独眼龍の旦那にきかれたのは大失敗だ。
 面白れぇ。
 顔面いっぱいにそう書いてある。
「で?」
 どうせしらばっくれても追及の手を緩める気は、この人にはないだろう。
 こうなればもう自棄だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や、だからこう、何で俺は旦那のおやつ買いに城下まで走ったり、限定信玄もちを買いに並んだり(ああしかもあの時は仕事で貫徹明けで寝ているところを叩き起こされた気がする)、夕飯作ったり、寝ぼけて旦那が蹴破った障子を張り替えたり、ついでに冬の山道を林檎を取りに往復したりしてるのかと。」
 あ、やべえ、自分で言っていたら、更に凹んできた。



「お前いつもそんなことしてるのか。」



・・・・・・・独眼龍の旦那にもの凄く哀れみを込めた眼で見られてしまった。
 それはそれでいたたまれないものがある。
「いや、いつもってわけじゃないけどね。ほら、俺仕事でいろんなとこ行くし。」
「ああ。で、地方土産とかねだられるんだろ。真田にはもみじ饅頭買ってこいとか。」
「ぐ・・・・・・・・・・・・・・。」
 図星だ。
 何で知ってるの。
 この人。
 実は見てた?(そんなわけはないだろうが)
「図星だろ。」
「言葉もございません。」
「まあ、そいつは確かに忍の仕事じゃねーよな。」
 けらけらと笑いながら、独眼龍は断言する。
 そうだよね。
 忍びじゃないよね。
「でもお前、・・・・・・・・FOOLだな。」
「は?ふー?」
「FOOL。バカってことだ。」
 
 面と向かってバカって言われてしまうのはいくら俺でも流石にくるものがあるのだが。
 独眼龍の旦那は面白そうに、ついでに思いっきり馬鹿にしたような笑みを浮かべ、そして不意に興味を失ったように去っていく。
 その背をぼんやりと見送って、俺は胸の奥にわだかまる何かを吐き出すように溜息をついた。






「佐助ー!!!!」
 ドタドタと床を踏み鳴らし、暑苦しい気配と声が近づいてきた。
「何ですか、真田の旦那。」
「おお、ここにいたか!!政宗殿が「りんごのけーき」を焼いてくださったのだ。」
「はあ。」
 喜色満面。
 尻尾全開跳躍中。
「佐助の分だ。」
 差し出された小皿の上にはきれいな黄色い林檎のけーきと、くろもじ。
 何だか非常に可愛らしい。
 あの鬼のような形相で戦場をかける独眼龍がつくったとは思えない代物だ。
「イタダキマス。」
「うむ。」
 一口サイズにきった林檎のけーきを口に含む。
 甘酸っぱいし、林檎の果肉は柔らかくて今までに食べたことがない食感だが。
「うまい。」
「そうでござろう!?」
 我が事のように喜ぶ真田の旦那。
 泣くときも笑うときも、いつでも旦那は全開だ。
「政宗殿が疲れたときには甘いものがいいとおっしゃっておられた。」



「は・・・。」

 

 独眼龍の旦那がねぇ。
 意外といえば意外だ。
 明日は吹雪か雷雨か。
「ご馳走様でした。」
「それは政宗殿に。あ、佐助、馳走になった。」
「え、俺、作ってないけど。」
「林檎をとってきてくれただろう。」
 だから、馳走になった。
「はあ。どういしまして。」
 その変な律儀さに思わず苦笑すると真田の旦那は楽しげに笑った。
 





 夜、再び廊下で独眼龍の旦那に会った。
「よう、忍。」
「どうも、先ほどはご馳走様でした。南蛮菓子っておいしいだね。」
「まあ和菓子にはねぇ味だな。」
 ガキ大将のような表情で、ニヤリと満足げに笑う。
 小憎たらしい表情だが、憎めないのが独眼龍だ。
「確かに疲れたときに、甘いものはいいね。」
 ふふん、と無駄に偉そうな独眼龍の旦那の態度も今はまったく気にならない。
 甘いもの効果だろう。
 すたすたと去っていく独眼龍の旦那は不意に何かを思いついたように立ち止まり、振り返って、俺を呼んだ。
「佐助。」
 正直、これは予想外だ。
 いつも真田の忍だの忍んでない忍だのなんだのと好き勝手に言われていたので、まさか自分の名が呼ばれるなどと思いもしなかった。
 これはある意味色々と反則技だ。
 呆然としている俺に、伊達の旦那は楽しげに問いかける。
「真田の菓子を買い走ったり、夕飯作ったり、寝ぼけて真田が蹴破った障子を張り替えたり、ついでに冬の山道を林檎を取りに往復したりしてるのは忍の仕事じゃないよな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、違うよね。」
 多分、さすがにそれは違うだろう。
 忍の仕事どころか部下の仕事ですらない。


「でも、それはお前の仕事、だろ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだね。」
 ものすごく抵抗があるが、いや、あると感じていたいだけなのかもしれないが、俺の仕事と言われれば、そうなのだ。
 忍びの仕事ではなくて。
 そういえばそいうだよな。
 俺の、仕事。









 って、
 あああああああああああああああああああああああ。
 よく考えればそれで納得できるのもどうかと思う、自分。
「まあせいぜい過労死しないように気をつけな。」
「全然洒落になりません。」
 むしろ不吉な予言だ。








 忍びの仕事は俺の仕事だが。
 俺の仕事は忍の仕事ではない。
 まあそれだけのことなのだ。


 ああ、でも本当に疲れたときは甘いモノがきく。
 報酬がこれならば、それほど悪い仕事ではないのかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・と思う。









一言。
忍には飴鞭で。
なんかとりあえずフォローしてみたらこうなりましたが何か違和感があります。
というわけで↓
こちらの方が違和感なし。















追記





「いいか、幸村。佐助は生かさず殺さずだ。」
「成る程。さすがは政宗殿。」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 すっとその場を離れた。

 とりあえず、とらばー○買いに行こう。