再び四国上陸











 何ヶ月かぶりに武田に戻れば、四国に寒中見舞いを持って行けといわれ、トンボ帰りでいざ忍び参る。
 ていうか、四国は寒くないのに!!この雪道で遭難しろと!!という心の声は刃の下に忍ばさせた。












「邪魔するぜ。」
 
 すぱーんと勢いよく襖をあけ放ち(しかも他所様の家の襖だ)、現われたるは奥州筆頭。
 ここは四国。自称鬼、長宗我部元親の居城だ。
 しかも城主の居室である。
 警護の兵とか警備の忍とかどうなってるんだという概念はもう取り払った方がいいのかもしれない。
 俺のほうは、何でここにいるか、と問われれば、ようは忍びの仕事で、というしかない。
 果たして寒中見舞いに新酒を届けるのが忍びの仕事かと問われたら俺は笑顔で誤魔化すつもりだ。
 他所は知らないが、俺の仕事はそんなのばかりだ。

 
 いや、そうではなく。

 
 奥州筆頭がどうしてここにいるのか、と驚くべきなのか。
 まあそれもある意味、今更だ。
 独眼龍の旦那が現在身を寄せているのは、九州は鬼島津の元だ。
 奥州筆頭のくせに、この人最近全然実家に帰っていないのである。
 そのことは先々月、仕事で奥州に行った際、その事実を知った。
 真夜中まで働いている家臣たちの姿に、そして月一交代で成実殿と片倉殿が九州に出張していることを知り、俺は涙で前が見えなくなったよ・・・・。


「お前、今度は何だよ。また爺と痴話喧嘩かー・・・・・?」
 杯を煽る手をとめ、突然の来訪者に城の主である長宗我部の旦那が呆れたように独眼龍を見た。






ていうか。
また、って何ですか。







 思わず長宗我部の旦那を見ると、目が合った。
 しばらくの間の後、どちらともなく目を逸らす。
 この瞬間、俺と長宗我部の旦那の間には武田軍における旦那とお館様なみの心の会話が成立していた。





―――――――――苦労してるんだね、鬼の旦那。
―――――――――お前もな、武田の忍。





 伊達の旦那は俺たちの存在も問いかけも無視し、長宗我部の旦那の手にあった朱塗りの杯を奪い、一気に煽る。
 秘蔵の大吟醸を味わうでもなく飲み干し、どかりと胡座をかく。
「あ?珍しいな。甲斐の酒か?」
 味わっていなかった訳ではないらしい。
 あらゆる意味で侮れない相手である。
「さすが独眼龍の旦那。舌が肥えてるねー。」
「あ?猿じゃねーか、何でお前がここに?・・・・・・・・つーかどーでもいいから注げ。」
 どうでもいいんだ。
 ていうか俺の名前は猿じゃなくて、とか色々な言葉がぐるぐる回ったが、とりあえず請われるまま、酒盃に酒をそそいでやる。
 なみなみと注がれたそれを、再び一気に飲み干す。
 勿体ない・・。
 俺は自分の給料を思い出し、一瞬遠い目になる。
 先月の給料と出張費、まだもらってないよ・・・・・。



「お前、ちょっとは遠慮・・・・・」
「うるせー!!ケチケチすんな。」
 竜が一喝し、そのわけのわからない迫力で鬼を黙らせる。
 いかに間違っていても、声が大きくて、断言すれば正しく聞こえるから不思議だ。
 長宗我部の旦那ははあ、と溜息をはき、仕方なしに再度同じ質問を繰り返す。
 そこはかとなく憂鬱そうなのはきっと気のせいじゃない。



「なんなんだよ、お前は。」
「・・・・・・・・・・・・爺が一人で毛利んとこ行った。」
「・・・・で?」 
 二人の手馴れたやりとりを見て、俺は思わず熱くなる目頭を押さえた。








 本当に慣れちまったんだね、長宗我部の旦那。









 ていうかアンタ等情報がダダ洩れすぎだ。
 これじゃあ忍んでいる忍びが可哀相だ。







「毛利んとこだろ。・・・・で?」
 それがどうしたよ、と先を促す長宗我部の旦那はまさに面倒見がよい兄貴分みたいな感じになっている・・・・。
 本当に何があったんだ、この二人。
「そんだけだ。」
「それだけかよ!!!」
「うるせぇ!!」
 手に持っていた酒盃をなげ、それが鬼の旦那の顔面を強打する。
 ああ。
「いってーな!!」
 何しやがる!!とすっかり先ほどまでの兄貴分状態をはるか彼方にすっ飛ばし、独眼龍の襟首を掴む。


「That’s all right!!俺とやろうってのかい?」
「四国の鬼とは俺のことよ!!」


「はいはい。無駄にBASARA モードに入らないでくださいよー」
 お酒零れるし、部屋まで壊れますからねー。
 とりあえず落ち着きなさいよ、と二人をなだめてすかす。
「大体、独眼龍のそれって、アレでしょ、心配でしょ。」
「・・・・・・・・・別に心配なんかしてねーよ。爺が負けるわけねーし。」
 さり気にものすごくのろけられている。
 さり気なくもないか・・・。むしろあからさまだ。
「心配じゃないとすると・・・。」
「あ!!嫉妬かよ!!!」
 合点がいったというように、大声でソレを口にした長宗我部の旦那は、俺の予想に違わず、速攻で独眼龍に殴り飛ばされる。
 学習能力とかないのだろうか、この人たち。
 ああでも一応帯刀させてないということはようやく考えるようになったということか・・・・。




別に嫉妬なんかしねーよ!!ただ爺が一人で勝手に行っちまいやがったからムカついてるだけだ!!!!!!」 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





 どうしよう、言い切ったよ、この人。
 つまりそれって、島津の旦那が一人で行ったから拗ねてるってことでしょ?
 しかも、微妙に嫉妬と不安と心配まで混じってるよ。





「猿、酒!!!」
「だ、旦那、飲みすぎ・・・・」
「あーいいって、もう、飲ましてやれよ・・・」
 何だかもういろいろ放棄しようような笑みを浮かべ、長宗我部の旦那がそういった。
 城主のお許しが出たので、とりあえず、景気よくなみなみとそそぐ。
 独眼龍が酒乱でないことを祈るばかりだ。




「いいの?長宗我部の旦那。」
「ああ・・・とっとと酔い潰させておいた方が被害が少ねーし。明日の朝には島津の爺が迎えに来るしな。」
 まあ、そいういうことなら後のことはすべて長宗我部の旦那の責任ということで。
 っていうか。
 本当に慣れちまったんだね、長宗我部の旦那。







 この人どれだけ被害にあったんだろう・・・・・・・。
 目じりに浮いた涙をそっと俺はぬぐった。








 そして俺たちは。
 自分の顔よりもはるかにでかい酒盃をあおる独眼龍を横目に、俺と長宗我部の旦那は惚れた女の恋愛ごとに巻き込まれるのと、男同士の痴話喧嘩に巻き込まれるのはどちらかマシかについて語り合った。




 結論。どっちも嫌だ。