少年S・不足と過分
その夜、彼は帰ってこなかった。
「まあ何ていうのかね、あいつも色々と忙しくてさ。今晩はどうしてもはずせない会合があって帰ってこれないらしいんだわ、コレが。」
「はあ。」
それはかねてから承知のことで。
別に佐助は説明など求めてなどいない。今までは気をつかって家にいるようにしてくれていた、ということもわかっている。
正直微妙な気遣いだが、嬉しい事にかわりはない。
それに、若くして組を率いる彼の、その両肩にかかる責務などは一学生に過ぎない佐助には想像だにつかない。
仁義だの面子だのに命をかけ、組員全員の命をあずかるものとして。
彼は存在するのだから。
心配もする必要はないだろう。
独眼龍と畏怖をこめて呼ばれる彼の背を護るのはあの鬼片倉、隻眼の鬼長宗我部といった名立たる猛者だ。
ただの一学生にすぎない、猿飛佐助が心配するような、人ではない。
「まあ政宗なら大丈夫だからさー単に事務所にカチコミがあっただけだし。」
「十分やばいでしょうが。」
「問題はその後の処理等なので。」
「はあ。」
「最近警察屋さんも小うるさくてさー。」
「「なのであんまり心配しないでください」」
「いえ、大丈夫ですから。俺もガキじゃないし、政宗さんが大変な事くらいわかってますから。」
そんな力いっぱい説明しなくても。
まるで自分が聞き分けのない子供のようだ。
「いや、それ目のしたにでっかいクマつくってる人が言っても説得力ないですから。」
「これは徹夜でBASARAやってたからです。」
「あんたの部屋PS2ないだ「ともかく、政宗様ご不在ゆえ、本日の朝食及び昼食は学食あるいはこちらをお使いください。」
言いさす成実を遮り、すっと鬼庭が胸ポケットから取り出して佐助に渡したのは、きらめくゴールドカード。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・お気遣いは有難いのですがマックとかコンビ二で学生がゴールドカード出したらドン引きされると思うのですが。」
むしろマックバリューセットを買うのにゴールドカードを出す高校生なんて俺がいやだ。
「そうですか。」
では、と渡されたのは福沢諭吉さん五人。
「・・・・・・・・・・・・野口さんはいないんですか。」
「うちは一口福沢さんからです。」
「福沢さん一人で十分です。」
二
「佐助!いったいどうしたのだ!!!!!」
教室に到着するなり駆けつけてきたのは真田幸村。
まるで犬を思わせる様子に思わず目を和ませる。
しかし、駅からココにつくまで随分と視線を感じたが、自分はそれほどまでに酷い顔をしているのだろうか。
「重箱を持っていないなど!!」
「そっちかよ。」
期待を裏切る男(ある意味期待を裏切らない男)、真田幸村。
「同居人の方に愛想をつかされたのか?!それとも破廉恥な振舞いでもして食事抜きなのか!?」
「違うって!!!!!どこの子供の罰、それ!!ていうか大体同居人は親戚、で男!!」
「む、そうであったな・・・・。」
朝っぱらから何ということをいうのか。
しかも無駄に声が大きいせいで、教室中の注目を集めている。いつもならばざわついている教室が静まり返り、ちらちらとそれでもあからさまに視線を投げかけられる。
両親の事故死、という劇的な事件から変化した佐助の生活を敏感に嗅ぎつけられ、ただでさえ注目を集めがちな日々。
固唾を呑んで次の展開を期待しているようだが、それに応える気などさらさらない。
「単に仕事が忙しく帰ってこれなかったから、今日はお弁当がないだけ。」
「なるほど。しかしそれならば何故、目の下にクマが出来ているのだ?」
「徹夜でBASARAやってたから。」
「お前、この間くりあーしたと「真田、武士の情けだ。」
助け舟か、それとも横槍かわからないものを出してきたのは毛利だった。
憎らしいほどにふてぶてしく常と変わらぬ態度に、ほのかに苛立ちを覚えるのは自分の未熟さゆえだとわかっているが。
「おはよー。」
「ふん。たかだが一晩で随分な面になったものよ。」
「・・・・・・そんなに酷い?」
鼻先に突きつけられたのは手鏡。白雪姫の継母が持っているようなそれをどうして毛利が持っているのかはあえて聞かない。
「こりゃひどいわ・・・・。」
苦く笑う。
目の下にくっきりと現れたクマは言うに及ばず、顔色も悪い。
常に浮かべている笑みもどこか疲れきって見える。
自覚が出た分、疲労が色濃く出るようになったようだ。
「早退するなり保健室に行くなり好きにせよ。」
「・・・・・・・・・どっちも却下。」
保健室ではゆっくり休めないし。
来て早々に早退する気にもならない。
それに、今帰れば。
心配される。
それはもう大袈裟なほどに。
「きっと悩みはないかから始まって最終的にはまた破壊活動を促進する事になって歌舞伎町の抗争とか新聞に載るんだよ、また。」
前科があるゆえ、冗談などではすまされない。
あの時はマリアナ海溝より深く後悔した。
「ではどうするのだ。」
「寝る。」
もちろん、ここで。
三
いつでもどこでも何があっても眠ることができる。
それが特技の一つだった。
それは過去形にしないとな、と夢うつつの中で佐助は思う。
眠りたいのに、眠れない。
また夜中の、あの電話の音で起こされるかもしれない。
そして。
目が覚めた時に、永遠に失っているのかもしれない。
「帰ってきたかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
帰ってきて、またあのわけのわからないテンションで、周りを振り回していればいい。
得意げな笑みを浮かべて、英語交じりの言葉で。
その場の勢いとノリだけで殴りこみをかけるような人なのだ。
・・・・・・・・・ってやばくない、俺。
たかだか一日、いや、一晩帰ってきていないくらいで。
親の帰りを待つ子供、どころか、夫の帰りを待つ妻だろう、これでは。
どこの新婚夫婦だよ。
依存しきっている気がする。
自分で自分が心配だ。
でも。
「会いたいなー・・・・」
振り回されてへろへろになるのはわかっているのに。
「ああああこれだから元就にマゾとかいわれるんだよ、俺・・。」
「お前、マゾなのか。」
「や、ノーマルですって。」
「ふーん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。」
机に突っ伏していた佐助は、飛び起きた。
まさに飛び上がって起きたのだ。
かすんでいた視界に、逢いたいとかうっかり呟いてしまった顔を見つけ。
呆然と。
「政宗、さん・・・・・・・・・・。」
「おう。」
前の席に座り、イスの背もたれに肘をのせ、に、と不適に笑う顔に、佐助の意識は遠のきかける。
見惚れたわけではない、断じて。
それよりも、むしろ。
「何で制服なんですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
なんのコスプレですか。
四
状況を整理しよう。
現在は、高校の教室で、授業の合間の休み時間である。
次の数学が終われば、真田幸村が待ちかねているのランチタイムで。
目の前にいるのは猿飛佐助の年齢差のない叔父である伊達政宗、職業伊達組組長。
しかも着流しではなく、制服。
いわゆる学ラン。
着崩してはいるものの、和服姿とはちがい普段は露な首筋等が隠され、別の色気が。
黒い制服からのぞく肌の白さは目に毒、だ。
よし。
状況は理解した。
とにかく正気に戻れ、猿飛佐助。
「・・・・・・・・・・・・・えっと、政宗さん?」
「おう。悪いな、今朝は。・・・・昨夜が激しかったから、起きれなくて。」
「いえ、気にしないでください。」
忙しいのは、わかっているから。
「でも、どうして。」
「弁当、持ってきた。」
差し出される重箱。
「わざわざ・・・・・・・・・?」
帰ってくるなり作って、わざわざ持ってきてくれたのかと思うと。
ちょっとこれは。
胸が熱くなるというか。
しかも制服まで着ている。
すべて自分のためだ。
男的に萌えるな、という方が無理だろう。(突っ込み拒否)
「だってお前、顔色悪かったって、成実もいっていたし。」
「心配してくれたんだ・・。」
「当たり前だろ・・。」
「ん。俺は平気だけど、政宗さん・・あんまり寝てないでしょ。昨日はその・・・・」
「あー・・・でも顔見たかったし・・・・。」
イチャイチャというにはうざいほどに初初しいのでおそらくは擬音語をつけるならばテレテレという感じだろう、周囲にははた迷惑以外の何者でもないはずのピンクオーラを垂れ流しながらも、誰も野次をとばさないのは、ひとえにあまりにも意外すぎて脳が麻痺しているのだろうと一人至近距離で一連の様子を見ながら元就は結論づけた。
五
「AH―・・・佐助、これ。」
「何?」
「小十郎が、お前に渡してくれって。」
ものすごく嫌な予感がした。
むしろそれしかしなかった。
白い封書。
まるで密書といわんばかりの装丁に加え、見事な毛筆で書かれた差出人の名に、このまま読まずに焼却したいと誘惑にかられる。
十中八九、ロクでもないものだ。
本日の制服政宗さんが持ってきた弁当をかけてもいい。
「佐助?」
「え・・・・と。」
読みたくないが、政宗の目の前でそれを焼き捨てるということなど出切る筈もなく。(何せ、片倉は彼の兄的存在で誰よりも信頼している腹心だ)
何でもない、とへらりと条件反射的微笑を浮かべ、がさりと封書を開く。
「イメクラプレイをお楽しみください。
※中だし禁止」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
びりびりと、白い和紙が細切れに破られていく様を、政宗は呆然と見ていた。
「佐助?」
「あ、気にしないで。片倉さんの手紙に、読み終わったら抹消してくれ、って書いてあったから。」
「そっか・・・・スパイ大作戦みたいだな。」
まったくミジンコほども疑わずに頷く叔父。
この人、マジで大丈夫かな、と思いつつ。
そう、忘れがちだが、叔父。
社会にどのように貢献しているかいささか判じがたいが社会人。
それなのに。
ああもう可愛いなぁ・・・・・・・・・・・・・・・。
「猿飛・・・・・・・・・・貴様も大概、切り替えが早いな。」
よはなべてこともなし。
一言
8888(ニアミス)で田中様よりキリリク、サスダテで伊達組の続き、でした。
何が不足していて何が過分なのかは、まあ。笑
随分とお待たせしてこれかよ・・・・・・・・。
こんなものでよろしかったでのでしょうか。ビクビク。
更なる注文がございましたらご連絡くださいませ。
ていうか、友には「目が潰れるほどに片倉が輝いているね」といわれました・・・。