少年Sの不幸と幸福







 両親が交通事故により死去。
 ある日突然訪れた不幸は、一夜で佐助の世界を一転させた。

 

 小雨の降る中、葬儀はつつましく行われた。
参列者は父の仕事関係や、母の友人たち、それから佐助のクラスメートが何人か訪れるという小さなものだった。
 両親は駆け落ち結婚同然で結婚したらしく、佐助は物心ついて以来親戚というものに会ったことはない。
 葬式の手伝いやその他、諸々のことは近所の人々が手伝ってくれた。
 佐助は、ただぼんやりと、座って焼香に訪れる人々に機械的に頭を下げていた。





 すべてが終わって、その夜、ただぼんやりと両親の遺影の前に座っていると、それまでどこか遠いところにあった現実が、迫ってくる。
 元々賑やかな家庭とは言い難く、両親はほとんどが仕事で家に居ることはなかった。
 だが、それでも、この耳に痛いほどの静寂はなかったものだ。
 

これからは、一人だ。

 
葬儀の最中にも、何度も聞かれた事を頭の中で反芻する。
「佐助ちゃん、これからどうするの?」
「さあ・・。まあ高校はあと二年なので、働きながらでも、と思ってますが。」
 今はまだあまり考えられないです、と困ったように微笑むと、そう、と言って大抵の人間は口を噤んだ。
 こういうときの笑顔は、やわらかな拒絶だ。
 それを承知の上で、佐助はそうし続けた。
 一人でいるならば、それでいいのだ。
 彼らにいらぬ迷惑をかけるわけにはいかない、という思いもある。
 さいわい、両親は蓄えは少ないが、借金なども残してはいない。
 通っている高校自体は比較的校風が自由で、バイトをしながら、通うことは出来るだろうし、奨学金という手もある。
 もともと、どうしても行きたかった学校ではないが、高校くらいは出ておきたい。



何とかなる。
 言い聞かせるまでもなく、それが佐助の信条だった。
 少しだけ、泣いて。
 決意を固めた。





 これからは、一人・・・・・・・・・・・・・・・の筈だった。





「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 目の前にはどこのお寺ですかというような立派な門構えの日本家屋。
 たった今、佐助が降りた車は黒いメルセデスベンツ。
 強面の男たちが頭を下げつくる花道を、先に立って歩く人は着流し姿が様になっていた。

 
何でこんなことになっているのか。
 今すぐ回れ右をして帰りたいが。

 
佐助は門前にかけられた看板を見てこっそりと溜息をついた。



『関東○○会伊達組』



 勘弁してください。
「おう、どうした?遠慮してないで入りな。」
 着流しの人物、この現状を作り上げた彼、伊達政宗が振り返り、立ち止まったままの佐助に小首をかしげた。
 遠慮なく言わせていただけるならば、今すぐ速攻帰りたいです。
 勿論そんなことは言えるはずもなく。
「あんまりそこにいると、玉が飛んでくるぜ?」
「参りましょう。」
 


 玉っていうのは、鉛玉のことですか。

 













 葬儀の三日後。
 今から三時間ほど前。
 それは突然現われた。

 

 新学年も始まっており、このまま家に居るよりも学校に行ったほうが良いと思い、家を出ようとした佐助の前に横付けにされたのは、黒のベンツ。
 そうテレビなどでよくみる類のそれである。
 輝くエンブレム、いかにもな車に借金取りかと硬直する佐助の前に、降り立ったのは藍染の着流しを颯爽と着た、若い青年だった。
 年のころは佐助と同じくらいか。
 片目を眼帯で覆ってはいるが、端正な顔に凛とした空気を纏っていた。
 てっきりごつい成金オヤジ風の男を想像していた佐助はその意外さと彼の容貌に驚き、ついで告げられた明瞭簡潔な自己紹介に意識を彼方に飛ばしかけた。

「あんたが、猿飛佐助だな。」
「はあ。」
「俺は伊達政宗。あんたの叔父だ。」
「は?」




 正宗、と名乗った彼の話を要約すれば、つまり彼は母の異母弟にあたるらしい。
 母は佐助の父と駆け落ちし、政宗はその後に生まれたそうだ。
だが、異母姉がいるということは父から聞いており、生前に何度か面識もあったという。
 そして姉(つまりは佐助母)から万が一のことがあったら頼むと言われていたということだ。





 そういうことははやく言って置いてください、お母さん。
 思わず天国にいる母にわりとどうしようもない恨み言を一つ言いたくなった。




 知らされた事実に頭が回らず、呆然としているうちに、佐助はベンツに押し込められ、気がついた時には一緒に暮らすことになっていた。
 乗せられる間際、隣の家のおばちゃんが慌てて家に駆け込んでいく姿が見えた。
 警察に通報しにいったのかもしれない。
 どうマイルドに見たって、拉致られているようにしか見えないだろう。






 回想終了。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 本当に、何で俺ここにいるんだろう。
 別に一人で暮らせばいいじゃん、俺。
 ていうか一人で暮らしたい・・・・・・・・・・・・・・。
 逃げてもいいかな・・・。
 でも逃げたら追い込みかけられそうだよな。



「あの・・」
「政宗様、お帰んなさいませ」
「「お帰りなさいやせ」」
「おう、帰ったぞ、元親。」
 人垣から現われたのは、優に180はあるだろう大男だ。
 恵まれた体格に、端正な容貌、彼もまた彼の半分を眼帯で覆っている。
 最近の893会の流行だろうか。
 派手な紫色のシャツを羽織り、腹に晒しを巻き、短刀をさした姿に思わずドン引きしそうになるのをこらえた。
「こちらの御仁は客人ですかい。」
「いや、俺の甥だ。」
「甥ごさんですかい。」
「おう、HEY、GUYS!!こいつは佐助、俺の甥だ、よろしくな!!!」
「「YH―AAAAA!!!よろしくお願いしやぁあっす!!」」



「よ・・よろしくお願いします・・・・・・・・・・・・・・・。」



 あれ、何だか、ノリが違うくない?


 










 着物の裾裁きも鮮やかに、磨かれた廊下を歩いていく。
 時折掃除中の下っ端らしき人相の悪い面々がもの凄い勢いで頭を下げていくのを人事のように見ていれば。
 前を行く彼の背中がピタリととまり。
「とりあえずしばらくはこの部屋を使ってくれ。」
 そうして政宗自らが案内してくれたのは、二十畳ほどあろうかという客間らしき一室だった。床の間には蝋梅の枝が生けられており、風情が漂う。
 ほのかに香るのは梅香だろうか。
 そういえば母もいつも香をたいていたと思い出す。
「お前んちの家具を運ぶまで、な。ちょいと手狭ですまねぇが。」
「十分です。」
 これで手狭だったら今まで俺の住んでいた家は犬小屋ですか。
「そっか?まあ安心しろ、ちゃんと防弾ガラスはいってるし、いざとなったらシャッターも降りる、そうなりゃミサイルでも持ってこねーかぎり破れねーし。組の奴らが警備してるしな。最終手段は、掛け軸の裏の抜け道を使え。」



何をどう安心しろと言うのだろうか、この人。
ていうか、ここは忍者屋敷ですか。



 というか、真剣に命の危機、の気がする。
 命というか、ここにいたら人としての何かがどこかへ行ってしまいそうな気がする。
「・・・・・・・・・・・・・忘れ物があるので家に帰りたいのですが。」
「そんなもん、取りにいかせるからお前はゆっくりしろや。疲れただろう?」
にこりと、思いがけなく労わるような笑みを向けられ、佐助は狼狽する。
端正で、ストイックというか任侠世界の何かを纏っていた彼がの、きつい切れ長の眦がはんなりと弛み、それがひどく蠱惑的にうつった。
バタリ、と。
 背後で人が倒れる音がし、思わず振り返る。
「わ・・・若の笑顔・・・・・・・・・・。」
「悔いは、ない・・・・・・・・・・。」
 鼻をおさえ、うめき声をあげる、ごつい組員二人。
 笑顔を直視したらしい。
 鼻を押さえる彼らの手の隙間から零れ落ちる赤いものを見て、色々な意味で危ないところへ来てしまったと、青冷めた。


 ついでにマイルドに逃亡阻止されたことが判明。


「あ、夜は庭に出るなよ。番犬を放しているから、襲われるぞ。」
 この間庭にうっかり入り込んだコソ泥みたいに噛み殺されるからな、と言われ。


 
逃亡不可判明。


 











「政宗様。」
 畳に沈む佐助を他所に、廊下から政宗に声がかかった。
「ああ、小十郎か。」
 政宗の嬉しげな声に振り返れば、細面に穏やかな笑みを浮かべた青年が廊下に立っていた。組員というよりも、むしろどこかの文学青年、というようなどこか知的で落ち着いたな雰囲気を漂わせていた。
彼は佐助を見ると、軽く頭を下げた。
 佐助も慌てて身を起こし、頭を下げる。
「彼が・・。」
「おう、佐助だ。」
「成る程。・・・お父上によく似ていらっしゃいますね。」
「・・・・・・・・・よく言われますが。」
それよりも何故この人が親父のことを知っているのか。
 そちらの方が気になる。
「私は政宗さまの守役の片倉小十郎と申します。よろしくお願いします。」
「猿飛佐助です。こちらこそよろしくお願い致します。」



 ・・・・・・・・・・・・・・・て、よろしくされる気か、俺。



 礼儀正しき日本人のなせる業。
うっかりそのように挨拶を返し、差し出された片倉の手と握手する自分に自分突っ込みを入れる。
 だが。




「!!??」




「?いかがなさいましたか?」
「イエ、何デモアリマセン。」



にこにこと微笑む片倉と政宗に挟まれ、佐助は心中で、今は亡き両親に語りかけた。



 天国にいるお父さんお母さん、本日、はじめて指が四本の方(小指を詰められた方)と握手を交わしました。息子より。












「政宗様、今日は一段と背中の独眼龍がお美しいですね。」
「A−N?今日は雨が降るかもしれねーなぁ。」



・・・・・・・何色の雨ですか。(赤かったりしませんよね?)





 朝から非常に逃げ出したくなるような会話を耳にした佐助は、重苦しい気分のまま、両親の不幸以来登校していなかった高校に向かった。
始業式から遅れること一週間、学年があがってからはじめて顔を出した。
「おはようー・・」
「猿飛君。」
 心配顔のクラスメートに囲まれ、やっと日常が戻ってきたと、それまでの緊張が緩む。
 はんなりと、こぼれる気弱そうな笑顔に、彼を囲むクラスの女子が頬を染める。
 その輪から離れ、幸村と席に着く。五十音順のため、彼の前の席は常に中学からの友人、真田幸村である。
「佐助!もう大丈夫なのか!!」
「ん・・・まあ。」
「何だか疲れているな。」
「ん、まあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・色々あったからね。」



 うっかり今朝方の会話から始まる最近の非日常を思い出し、憂鬱になる。
 今朝も学校に行くと告げた佐助に、車の用意をしろと政宗が命じ、黒ベンツ(ボディーガード兼運転手付)に乗せられかけ、必死にそれを断り、その所為で一時間目を遅刻したのである。
 その甲斐あってか、黒ベンツ(ボディーガード兼運転手付)学校送迎は回避できた。
 これだけは何としても守り通さねばなるまい。
 ・・・・・・・・・・・・・・少しばかり自信はないが。





 気づけば寝ていたらしい。目を覚ますと、生き生きとした幸村の顔があった。
 これだけ彼の顔が輝いているということは、昼時なのだろう。
「佐助、佐助。もう昼だ!!学食にいくだろう?」
「や、弁当があるんだ・・・・・・・・。」
 そういって取り出したのは、弁当箱ではなく、重箱。
 しかも漆塗り象嵌細工の二段重ねである。
「・・・・・・・・・これは佐助がつくったのか?」
「や、親戚の人が持たせてくれて。今、その人のところにお世話になってるんだ。」
「そうか。よい方なのだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだね。」



 良い悪い以前の問題があるのだが。



「食べる?」
「いいのか?」
「俺一人じゃ食べられないし。」
 育ち盛りといえど、二段重ねの弁当は正直多すぎる。
 幸村にすすめると嬉しげな二つ返事が返ってきた。
「うん、美味い。」
「そうだね。」
 弁当は美味かった。
豪華な食材ばかりではなく、色彩や味付けにこだわってある。
タコさんウィンナーなのは謎だが。
出汁巻き卵を頬張り、思わず佐助は箸をとめた。
「親戚というのは、母方の方か?」
「うん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった?」
「ああ、同じ味付けだ。」
「そうだね。」
 たかだか料理の味一つで、と思いながら、緩む頬を押さえることができない。
「よかったな。佐助。」
「・・・・・・・・・そうだね。」
 


「ただいま戻りましたー。」
「おう佐助、こいつ、従兄弟の成実。昨日別荘から帰ってきたばかりだ。」
「よろしくー★」
「・・・・・・・・・・・・・・・どちらの別荘ですか・・・・・・。」



 前言撤回してもいいでしょうか。














 組での生活に慣れ始めた自分の順応性の高さに内心呆れつつ。
 いや、そこは慣れたらいけないだろうと思いながらも。
 しかし、ある朝。


「・・・・・・・・・・・東京湾で・・・・・。」
「・・・・・バラして・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・出刃がいりますかねぇ・・・・。」
「・・・・・・・・つめて・・・・・。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジですか・・・・・・・・・・・。」
 これは俗にいう聞いてはいけないお仕事の話という奴なのでは、と。
 朝から聞こえてくる会話に心底泣きそうになる。
 聞き覚えのある声におそるおそる襖を開けてみれば、




「おう佐助、今起きたのか。」
「はよーす!」
「っはようございます!」



 何故か割烹着姿の伊達組の若き組長。
 ねじり鉢巻をしたその従兄弟。
 そして初日にあった元親という体格のいい男が包丁を持って調理場に立っていた。
 何でだ。



「・・・・・・・・・・・で。」
「おう、今日の晩飯はマグロのいいところ食わせてやるぞ。刺身でいいよな?」
「今朝、あがったばかりの本マグロだぜ。政宗が欲しいって言うから丸ごと朝市で買ってきたんだ!!」
「組長は料理が趣味っすからね。今日は刺身で食べて、残りは冷凍庫にでも保存すればいいんじゃねーかって。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



「どうした、佐助?まぐろ嫌いか?」
「いえ、ちょっと自己嫌悪で・・・・・っていうかマグロは大好きです。」
「?そっか。ならいいが。あ、コレ弁当な。」
 微笑と共に渡されたのは豪華三段重の重箱である。
 もはや弁当ではなく、正月によく見るお節料理状態となっている。
「政宗さん・・・さすがに三段は・・・・。」
「多いか?お前、いつも全部空にしてくるから、足りないのかと思ってた。」
「いや、友達がつまんでいくので。・・・・・・・・って、コレ、政宗さんが作ってたの?!」
「おう、ま、趣味みたいなもんだ。」 
「そっか・・・・・・・」
 だから家と同じ味がするのか、とほんの少しばかり、心が疼く。
「ならやっぱ、多いからさ。政宗さんが折角作ってくれてるのに、残したくないし・・。」
「ん、わかった。」
 にこりと微笑まれ、ああやばいと思いつつ、頬に朱がはしる。
 この顔は、やばい。
 何がやばいって。


 
「本当に政宗様は、姉上と似ていらっしゃいますね。」
 そう思いませんか、佐助さん。
「片倉さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 微笑と共に背後に突然現れるという離れ業をやってのける伊達組の幹部は、さわやかに人の傷口を暴く。
 無意識なのか、意識的なのか怖くて聞けないでいるが。


 折角、人が直視しないでいた、認めがたい事実を指摘するのはやめてください。






「っていうか佐助って天然系タラシだよな。元親サン」
「そうっすね。どこの新婚夫婦の会話かと思いましたよ。成実サン」

今度は入り婿でお願いしたいものです。
 地獄耳、片倉。







片倉さんは心が広いのか狭いのかわかりません。BY佐助












一言。
ノリと勢いで書いた伊達組ネタ・・・・・。
佐助への愛と幸村への愛のなさが感じられた、と言われました。
そんなことは・・・・多分ない。