寝てもさめても忘れぬ君を(島伊達前提サスダテ)
*佐助と元親は大学生、政宗は高校三年生、元就は大学院生という設定です。
あの手この手で口説いて口説いて口説きまくってやっと手に入れたあの子は今度は体を許してくれません。(キスまではイケたのに!)
「愛されてないのかなぁ……」
大学の食堂の机の上、つっぷした佐助はそう呟いた。それを向かいに座った男、元親が呆れたように見やる。
「……惚気か?」
「違うよ!」
何処をどう聞いたらそうなるのか。こっちは真剣に悩んでいるというのに。
「そりゃあ悪かったな。で?浮気でもされたか」
この男、佐助とは違うタイプでやたら面倒見がいい。その性質のお陰で要らぬ苦労を背負っているのも事実だが。
「そうじゃなくって……それ以前の問題っていうか……」
珍しく歯切れの悪い佐助に、元親は片眉をあげた。
「それ以前って……付き合ってないのか?」
「付き合ってるよ、………………多分」
その長い間はなんだ。
うさん臭げな元親の視線から逃げるように目を逸らして、佐助は言い訳がましく言葉を連ねた。
「好きだって言うと顔真っ赤にしちゃってすっごい可愛いし、キスはさせてくれるし、スキンシップも結構あるし、料理上手いし……」
なのになんで。
一体何が気に入らないんだろうあの子は。
一緒の布団でぴったりすり寄って寝るくせに手出したら怒るなんて。(マジで生殺しだ)
カラン、元親の前に置かれているグラスの氷が音を立てる。
「遊ばれてるんじゃないのか、それ」
「そんな子じゃないよ!」
呆れるくらいプライドは高いけれど、実は純でそのくせそれを必死に隠そうとするから。
(ホント、可愛いんだよね……)
だけど今回ばっかりは、結構ヘコむ。かなり大事にしてるつもりだし、嫌がるようなことはしてないし、浮気なんかもってのほか!
なのに。
どーしてかなぁ……とうなだれてしまった佐助に、元親が苦笑した。
「でもそういうタイプ、お前の好みだろう?」
何処が、反論しかけて発する言葉がないことに気付き、佐助は仕方なく口を閉ざした。
それを見た元親が笑いを含みながら続ける。
「こまっしゃくれて、プライドが高くて、落とすのに手間がかかって、その上落としてからも手が掛かるような子が」
大人しくなったら途端に興味を失うくせにな。
くつくつと元親が喉の奥で笑う。佐助は図星を刺されたのか再び机につっぷしてしまった。
そして。
泣き落としまで使ってやっと許してくれたあの子はセックスの時に絶対に服を脱いでくれません!(どんなに頑張っても上の最後の一枚は脱がない)(ついでに電気も消したがる。恥ずかしがり屋さんだから)
(いいんだけどさ、やっぱ気になるっていうか……)
そういえばお風呂とかにも一緒に入ったことないかも。
「……………………よし」
佐助が何かを決心してから三日後。いつものように週末泊まりにきた政宗が風呂に入っているときにそれは起きた。
「ねー俺も一緒に入っていい?ってか入るよ?」
一応声をかけてからりとドアを開ける。
そこには顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせながら湯船に浸かっている政宗。
「なんで入ってくるんだよ……!」
バカ、出てけ!と投げ付けられたボディソープを受け止める。
「えーなんでダメなの?」
俺たち恋人同士でしょ?と続ければますます赤くして顔を背けてしまう。その白い首筋から鎖骨にかけてのラインが酷く艶かしい。
真っ赤になった頬からうっすらと項のほうに紅がさしているのに、欲情した。
が、たぶんここで手を出すと機嫌を損ねてしまうから。
ここは我慢だ。(頑張れ、俺……!!)
「……上がらないの?」
のぼせるよ、と忠告したにもかかわらず、向かいあった湯船のなか、政宗は顔を赤くして黙っている。
乳白色の湯をちゃぷりと揺らして、佐助は内心溜め息を付いた。
佐助が浴室に入ってから、ちらちらとこっちを伺う様子はあるものの、政宗は湯船から出ようとはしない。体を洗う為に佐助が背を向けたときに隙を付いて浴室から逃げ出すかとも思ったが、なにぶん狭い浴室だ。ちょっと腕を伸ばせば捕らえられる位置に佐助はいる。
そうこうするうちに、既に30分はたっているんじゃないだろうか。
(ここまで拒否されるとはね……)
政宗には見えないように少しずつ水を足して大分温めにはしているものの、元々が長湯するタイプではない佐助自身も少々辛い。
「じゃあ俺先に上がるから、政宗も程々にしなよ」
なんだかこっちが苛めている気分になってしまい、そろそろ限界も近かった為ざぱりと音を立てて湯船を出る。後ろも見ずに浴室を後にし、バスタオルで体を拭いていると。
浴室で、嫌な音がした。
驚くべき反射でがらりとドアを開けて飛び込むと、湯船の縁にもたれるようにして倒れている政宗。
やはりのぼせていたのだと、抱き起こした佐助の手が止まる。
政宗の腰の後ろから、右太股の内側にまで這う、見事な昇り竜の姿。白い肌にそれはよく映えて、鮮やかに見たものを扇情する。
呆気に取られてしばらくまじまじと眺めて、慌てて政宗を抱き上げてバスタオルで包むとリビングに運んだ。ソファに寝かせ水を飲ませながら、濡らしたタオルで頭を冷やす。
ちらりと下半身に視線をやれば、ずれたバスタオルからのぞく竜。猛々しく天に昇っていく竜が見事に表現されたそれを眺めているうちに、一つのことを思い出す。
確か政宗の前の恋人は彫り師ではなかったか。詳しいことは知らないが、そう聞いたことがある。
(だからあんなに嫌がってたのかな……)
別に、入れ墨など気にする性質ではないのに。むしろ、これは綺麗だとすら思う。
バスタオルを少しだけ捲って、竜の姿を眺める。飛雲を纏い、その長い身をくねらせて昇っていく竜の姿に、魅了された。
もう少し捲ろうと伸ばした手を、パシッと跳ね除けられる。
「だから見せたくなかったんだ」
気がついた政宗が掠れた声で呟いた。
「ん……でもさ、すげー綺麗だと思うんだけど」
水、飲む?とコップを差し出せば受け取って喉を鳴らして飲み干した。
政宗はそれ以上のことは口にしようとせず、佐助も追求するようなことは言わなかった。
「なんだ、例のことは解決したのか?」
あれから数日後の食堂ですっきりした顔で蕎麦をすする佐助の前に、トレイを持った元親が笑いながら近付いて来た。
「あーうん、おかげさまで」
へらりとした笑いの中にも確かに幸せの色が溢れていて。内心羨ましく思いながらも元親は先を促した。
「――――と、いうわけなんだよ」
かいつまんで事のあらましを話した佐助がお茶を啜る。
「それ、もしかしたらすげー貴重なもんかもしれねぇぞ……」
「え、マジ?」
思いがけない元親の言葉に佐助が驚く。確かにあの竜は見事なものだったとは思うけれど。
「お前、普通の状態でそいつの入れ墨見たことあるか?」
「普通の状態って……あー、夏とかにお腹出して寝てたことあるんだよね。冷えるからやめろっていってんのに、暑いの苦手みたいでさー、室内だと半パンにTシャツでごろごろしててほんと可愛いったら……」
「惚気てんじゃねぇよ」
ギン、と凄みをきかされ佐助はしぶしぶ思い出す。
「そういえば……前見たときはそんなのなかったような気がする、けど」
はっきり見たわけじゃないし、それが何?と聞き返せば元親は何故か困ったような不貞腐れたような微妙な顔をした。
「……白粉彫りだな。確定は出来ねぇけど」
「何、それ?」
「普通の状態じゃうっすらと見えるか、ほとんど分からないもんなんだがな。風呂とかセックスの時とか、体温の上昇によって彫り物が浮かび上がる。そういう技法はな、白粉彫りっつって、今じゃどこを探したって彫れる彫り師はいないって話だぜ。それがもし本物なら……」
皮剥いででも欲しがるやつが出てくるだろうな。
「皮剥いだら意味なくない……?」
「まぁ、剥ぐまではいかなくても見せてくれってやつが殺到するだろうな。調べようによっちゃ、白粉彫りの技法が分かるかもしれねぇんだし」
大金積むやつもいるかもな。
「……マジですか」
「俺も見てみてぇな、それ」
なんせ幻ともいわれてる彫り物だしな?
にやりと笑った元親と目が合って、佐助はう、と喉を詰まらせる。
「……元就に言いつけるよ」
睨みあうこと、数秒。
元親が軽く舌打ちをして、苦笑いを零す。弱みを持ち出されなくとも、佐助の恋人の気性の激しさからすればそう簡単には見せてくれないだろう。
入れ墨があることが判明してからも、政宗は極力見せようとはしない。(お風呂には一緒に入ってくれるようになった、ただし入浴剤つき)
寝てる間に捲ってみても、体温が上昇しないと彫り物が浮かび上がってこないため見えないし。
見せてくれ、なんて言おうものなら眦を吊り上げて一睨みした後、数日は口をきいてくれない。
仕方ないからたまにチラッと見えるそれだけで満足していたのだけれど。
夏の終わり、秋が近づくころになると政宗は口数が減って、引きこもりがちになる。今はまだ学生の為、夏休みのおかげで誰も咎めだてする事もないが。(大体陰鬱として落ち込んでる恋人に何もしてやれないのに咎めるなんてことできるわけがない)
最初に気づいたのは付き合いだした頃だったから、一体何があったのかとあれやこれやと問いただしてみたが一向に口を割らず、挙句別れる別れないの大喧嘩に発展したこともあった。
(あの頃は俺も若かったなぁ……)
今年も、その時期がやってくる。
あぁ、来たな、と実感したのは食後のデザートを準備している時、リビングでテレビを見ている政宗がクッションをしっかりと抱えていたのを見たときだった。
何かを拒むようにしっかりと胸の前で抱えられたクッションに、どうにもならないことだとは分かっていても歯がゆいものを感じる。
せめて殊更に明るく振舞って見せて、ぴたりと隣に座った。少しだけ体重を預けてくれるのを嬉しく思いながら、触れている肌から伝わるぬくもりを、同じように感じていてくれたらと思う。
「これを彫ってくれた人は…………もういない」
オレンジのジュレを食べながら政宗が不意にポツリと呟いた。
唐突に何のことか分からず聞き返しそうになって、思い当たって、言葉が出なかった。
瞳を伏せて落とされた言葉。
そのニュアンスは、その瞳の影は、引き結ばれた唇は、つまり。
(死んじゃった、ってことだよね……)
「爺が使ってた道具もないし、技法は書物では残されてない」
元々口伝で残っているようなものだったのだ。基本的な技術ならいざ知らず、伝説とも言われる幻の技法なんて。
これって白粉彫りっていうんだよね?と以前一度だけきいたのを覚えていたらしい。入れ墨のことなど知らない佐助がそんなことをいうことはつまり、誰かに話したということで。
「ごめんね、まさかそんな大層なものだとは思わなかったから、さ」
でも他言はしないように言ってあるし、そいつもいい奴だから。元就の知り合いだし。(遊びに来ていた政宗と、貸していたノートをとりに来た元就が鉢合わせした時に二人が知り合いだと分かった時は本当に驚いた)
「これは俺が無理言って彫ってもらった」
政宗の肌に刃をいれる事を彫り師は最後まで渋ったという。その点については佐助にも分かる気がする。こんな肌理細やかな極上の肌に消えないものを残すなんて。
道具は遺言で燃やせと言われていたらしい。
たった一つの縋るものすら奪われて、それでもこの子は従ったのだ、大好きな人の遺した言葉だから。
それはどれほどの、痛みを伴うものだったのだろう。
昔の恋人のことは話には聞いていて、何があったのかは聞かないようにはしていたけれど。(でもまさか亡くなってるなんて)
彼、つまり政宗の保護者であった彫り師と少なくとも親交のあったらしい(どんな繋がりだったのかは知りたくないが)元就から話を聞いたり、ポツリポツリと政宗が話す言葉の端々から感じ取れる。彫り師が本当に政宗のことを大事に想っていたこと。
十も二十も年が離れた恋人なんて、と思っていたが、彼らは確かに恋人同士だったのだ。
想いを、寄せ合っていた。
そしてそれを知れば知るほどに想いは強く。
「ずるいなぁ……」
死人には、勝てないから。たぶん一生政宗の心から消えないだろうその思いを否定するつもりはないけれど、少々悔しい思いがするのも事実。
それでも、喜ぶ顔が見たいから。
「お墓参り、行こうか」
その、島津さんって人の。
「俺も挨拶しときたいし、さ」
どう?と顔を覗きこむと拗ねたような顔をしてそっぽを向く。そんなのは照れ隠しだと分かっているから、後ろから抱き込んで頭を撫でてやれば、ぼそりと返事が返ってきた。
「……由利政宗」
「え?」
「……爺が好きだった酒だ」
(やっぱり行くの止めようかな……)
故人相手なのに当てられそうな気が多分にするのは何故だろう。
アンジェリカの遊様よりいただきました、島伊達前提サスダテ・・・・・・・・!!!!
がっつり頂いてしまいました。←遠慮という文字を忘れた鱶屋。
彫り師の爺様と、高校生政宗様、大学生佐助・・・・!!!
爺はね、ちゃんと恋人だったんだよ、家族愛だけじゃないんだよ!
三十、四十離れていても、恋人だったんですよね。
佐助、あとは頑張れよ!!
託されてるんだよ、爺の宝物!!!
もうもう、素晴しいSSをありがとうございます。
広がれ島伊達の輪!!!