たったひとこと言わせておくれ
あとでぶつともころすとも
























さて、目の前に居る男は、世に名高い武田の一番槍で、戦場においては「紅蓮の鬼」と称される武士、のはずだ。
一応。



「HEY、真田、餅を飲み込むな。喉に詰まらせるぞ。落ち着いて食え。」
 それなのに何故、自分は童にするような注意事を述べているのか。
 ついでに言えば自分はコレにとって、今は休戦中とはいえ、敵方の総大将である。
 休戦条約の継続を協議するため、甲斐武田の躑躅ヶ崎の館に訪問中であるとはいえ、供も連れずに敵将同士が二人で何ゆえ甘味を食べているのか。
 さらに加えればその甘味は真田にせがまれ、自らがつまりは奥州筆頭が腕をふるったものである。
 正直、武田の教育方針はどうなっているのかと思いはしたが、やや異常な状況をそう認識しつつもまあかまわねぇかと改善しようとしないのは、己も同様である。

「む・・・うむ。」
 奥州名物ずんだ餅を心の底から幸せそうに頬張っていた真田幸村は頷き、だが、と控えめに言い訳めいたことを述べる。
「しかし、政宗殿、このずんだというのは本当に美味で。」
「当たり前だ、俺が作ったんだからな。」
 率直な褒め言葉を贈られれば、悪い気はしない。
 無駄に偉そうに胸を張って、もっと食えとすすめてやると、幸村は満面の笑顔で応じた。
 非常に素直で、男のくせに可愛いとさえ言える。





もちろん、女に対する賛辞のそれではなく、子供や動物の無邪気に対するものだ。
 見ていると癒される。
たまにムカつくときもあるが。





 あの忍んでない忍が運んできた茶(茶坊主までやってるんだよ、あの忍)を飲みながら、戦場とのあまりのGAPに、そういえば当初は同じの名の別人ではないかとさえ思った。
 炎をまとい、二槍をふるい戦場を駆ける猛けしい姿は、その異名に寸分たがわぬもので。
 その力量と幾度となく刃をまじえ、傷を負わせあった。
  
 それが何故、いつの間にこうなってしまったのか。
 ひとたび戦場を離れると、この有様だ。
 手合わせをすることもあれど、雑談まじりに茶をのみ、あり得ないほど穏やかな時が流れている。
 幸村の、愚直なまでの一途さと高い忠誠心、無邪気な子供のような素直さと茶色の毛並みから連想されるのは、どうしても犬だ。
 それも、子供時代に寂しさを慰めてくれた、あの茶色の子犬の影がちらつく。
 見ているとつい、「大きく育てよ」と頭をなでたくなるのは致し方ないだろう。
 たまにじゃれつかれ、抱きつかれるのも、それに拍車をかけていた。












「・・・・・・・・・・・・・どうした?」
 思考に耽っていた政宗は、幸村の視線を感じて顔をあげた。
訴えかけるような眼差しに首をかしげる。
 そのような真摯な眼差しを向けられる心当たりがなく。
視線をつと下げると、漆の菓子皿の上からずんだ餅は綺麗さっぱり消えていた。

 足りなかったのだろうか。

 かなりの量を造ったはずだが、幸村はほぼ一人でそれらを平らげたことになる。
 これは昼餉などではなく、甘味だったということを考えると、見ていて気持ちが良いといえば良いのか、それとも胸焼けしそうだというべきか。
 まあ何せ育ち盛りであるし、好物が甘味だというのであれば、いくらでも食べれられるのかもしれない。
「政宗殿・・・・・・・・・・・・・・・。」
 真面目な顔がどこかおかしく、唇に思わず笑みを浮かべる。
「おう。・・・・・・・・・食うか?」
「・・・・・・・・・・よろしいのですか?」
 驚いたように確認を取る彼に政宗はすっと、黒漆の菓子器をすすめる。
 甘味にそれほど執着があるわけではないし、自分ならば作ればいつでも食べることができる。
「ほら。」
「政宗殿・・・。」
「ああ。」
 戸惑うような声音の幸村に、らしくねえな、と苦笑を浮かべる。






「食してよろしいのか。」
「ああ。」






「本当によろしいのでござるか。」
「ああ。」









「では政宗殿を食させていただきます。」
「ああ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って・・?」


 










 ちょっと待てよ。
最後のセリフ、おかしくねぇか。

























「遠慮なく。」
 何をだ、と問う間もなく、幸村の顔があり得ないほど近づき、身体が覆い被さってきた。
 不覚にも対応できずにいる内に、気がつけば畳の上に倒されていた。
 軽い圧迫感に見上げれば、幸村と目が合う。
 口元は笑みを描いているのに、目は恐ろしいほど真剣だった。
 戦場での、もののふの姿が目蓋の奥でちらつく。
 二槍をあやつる紅蓮の鬼。
 緋を纏い、繰り出す炎も鮮やかに近づくものを焼き尽くす、生まれたての太陽のような凶暴な光を放つ男。
 先ほどまで人懐こい丸い茶色の目でこちらを見上げていた犬の姿はどこにもない。

「おい・・」
 口をふさがれた。
 熱い息と舌が侵入してくる。
 舌を強引に絡み取られ、貪るように口付けられて、息苦しさに咄嗟に幸村の腕を掴む。
「くっ・・・・・は・・・・・」
 開放され、奪われた呼吸を整えようと喘ぐ。

「政宗殿・・」
 見上げれば、間近に幸村の双瞳。
 どろりと溶鉱炉に融けた火の塊のような目だ。
 犬のつぶらな瞳でも、常の和らいだ瞳でもなく、戦場のものと近いようでまた違う。
 情欲に濡れた、それ。

「政宗殿。」

 熱に浮かされた掠れた声に幾度も呼ばれ、抱きすくめられる。
 これはあの朱の二槍をふるう腕。
「さな・・・っ!」
 真田、と呼ぼうとして、けれども首筋をかまれたことにより、言葉は喉の奥に推し戻された。
 噛みつかれた痛みに苦痛の声をあげ。
 舐めあげられ、舌の生温い湿った感触に背中に痺れが走る。
 










 ああ。
 獣のような仕草なのに、これは違うのだ。
 首への口付けは、欲望だと、誰が言ったか。































 重たい目蓋をあければ、そこには幸村の顔があった。
 重たい身体も、ひりつく喉も、昨夜のことが夢などではないことを訴えかけている。
言いたいことはいくらでもあるし、殴りたいとも思うのに、そのどちらを実行するにも身体は意のままにならない。
 それもすべてはこの男のせいだと、独眼で睨みつければ、苦しげな表情を浮かべた男がそれでも見下ろしていた。
 情事の後の甘さもなく、浮かされるような熱も無い。
 欲に濡れた炎熱でもなく。
 痛いほどの光を宿した、真剣の一途さだ。





「政宗殿」
 

 かすれた声が呼ぶ己の名が遠くに感じられた。














「一言だけ、言わせてくだされ・・・・・・・・・・。」
 その後でならば、どれほどなじってくれてもよい。
 犬のようにぶたれても、鬼のように殺されても構わないから。












「あなたをお慕いしております。」











きゅん












ああ、犬は何処へ消えた。
























一言。
前半ギャグで後半が微妙にマジ・・・・。
あれ、と思いつつ。微妙にbQ8の続きくさいです。
エロを書きなれていないのがもろばれです。
精進します。
ちなみに自分テリトリーで手を出す辺り微妙に賢い幸村さんでした。
宗様がぼんやりしすぎです、警戒しなさいよ。