着物越しでも、その男の手はひどく冷たく感じられた。
捕まれた腕が折られ、どれほど悲鳴をあげても捕獲者の力は緩むことなく。
意識が暗闇に落ちる前に、ひどく哀しげな表情を浮かべた真田幸村の姿が焼きついた。
いまだ意識の戻らない彼を、新たにのべさせた床に横たわらせた。
背は大して変わらぬ青年のはずなのに、運ぶことは思った以上に容易く、それだけの事にいちいち驚いて。
夜目にも真白な肌には、今は玉のような汗が浮かんでいた。
苦しげに眉を寄せる様をみて、幸村は不安を覚える。
だが、腕の手当てをした後に、佐助が今夜は熱が出るだろうと言っていたことを思い出した。
忍は淡々と自分が折った骨を固定し、丁寧に身を清め、草葉で切ったのであろう足の傷にも薬を塗っていった。
丁寧な仕草で塗りつける彼の手の動きを見て心が何故かざわりと波打った。
佐助は、怪我による発熱だといった。
ただそれだけのはず。
だが。
「政宗殿。」
彼を見ていると、狂おしい気分に陥るのは何故だろうか。
逃げないでほしい。
殺したくないから。
逃がしたくない。
渇きを覚えるほどに、身体の奥底が炙られる。
凶暴な何かは、形を変えてそこにある。
膝の上に置いた手を拳にして握り締める。
そっと、覆いかぶさるように、眠る独眼龍の顔を覗き込んだ。
白い肌。赤味のさした頬。浮かぶ汗。
苦しげな呼吸を繰り返す薄い唇。
「政宗殿」
気がつけば、自分のそれを押し当てた。
冷たいだろうという予想に反して彼の肌は熱く、開かせた唇の中は熱かった。
うっとりと、その熱に酔いしれる。
汗で張り付いた前髪を掻き揚げてやりながら、更に深く唇をあわせ、貪る。
ぴちゃりぴちゃりと、濡れた音が響き、その音の含む淫靡さに、幸村は我にかえった。
「!!何を・・・・・・・・・・・・。」
自分はしているのか。
相手は、手負いで、眠っているというのに。
あまりにも恥知らずだ。
さっと頬に羞恥が走るが、それでも眠る独眼龍から目を離す事が出来なかった。
何故これほど喉が渇く。
目にすれるだけで、燃え盛る焔にも似た想いがある。
自分はきっとおかしくなったのだ。
戦場での昂揚にも似た、だが、それとは異なる疼きに身体の芯が震えた。
手を伸ばし、もう一度、頬に触れる。
眼帯に隠された右目をのぞけば秀麗な容貌の若者だった。
顔を寄せると、苦しげな息遣いが鼓膜をふるわせた。
恋とはどんなものだろうか。
ありし日に、兄のような、友のような忍にそう問うたことがある。
困ったように笑った彼の、言った言葉に首を傾げるばかりだったが。
今 ならばわかる。
これが恋なのだ。
その情熱のありかも、自覚したそれを伝える術も、何も知らぬまま、ただ荒れ狂う熱に急き立てられ、横たわる蒼い竜に歯を立てた。
初めに感じたのは息苦しさだった。
何かに押さえつけられているような、感覚。
そして熱。
皮膚の内側から炙られているような、そんな感覚。
重たい瞼をこじ開け、闇の中、自らの上に蹲る人影に必死で目を凝らした。
「んあっ・・・・・・。」
ぞくりと肌が粟立った。
肌の上を這い回る、熱く濡れた何か。
朦朧としながらも起き上がろうと腕を持ち上げようとするが、あがらない。
そればかりか、左腕にずきりと痛みが走る。
「うっ・・・・」
痛い。
熱い。
息が苦しい。
「・・・・・・・・政宗殿。」
掠れた声がひどく近くで名前を呼んだ。
「政宗殿・・」
ちりちりと飛び散る火の粉のように、肌を焼くような錯覚。
その声にはそんな熱があった。
首を回らせて、声のあがった方へ目を向け、
「さなだ・・・・幸村・・・・。」
そこにいた青年の姿に、目を見開く。
自分の、身体の真上。
うっすらと微笑む、その顔に、政宗は思い出した。
森の中。
背後から押さえられ。
腕を折られた。
「ああ・・・・・・・。」
逃げられなかったのだ。
呆然と、目だけを痛いくらいに見開き、政宗は身を震わした。
そうだ。腕が痛むのは折られたからで。
そして、今は。
「ひっ・・・・・・・。」
首筋の濡れた感触。
熱い息と鈍い痛みに、それを押しのけようともがく。
「政宗殿。」
熱い。痛い。苦しい。
今、自分は何をされている。
これは、何だ。
「やめろ・・・・」
声がかすれる。
制止の声にもそれはやむことなく。
はだけられた着物や、肌の上を這い回る手や、割られた足の間にある男の身体を意識すれば。
何をされているのか、など。
「やめろ・・・!!!」
「やめませぬ。」
叫びに、首筋に埋められていた顔が離れた。
安堵する間などなく、見下ろす瞳に、背筋が震えた。
恐ろしいほどに純粋なものだけがそこに存在した。
焼き焦がす熱。
決然とした、振るう槍の如き意思。
何よりも、欲望が焔となって黒瞳に宿る。
躊躇いも迷いもなく。
すべてがひたむきでさえあった。
それでも、必死に振り上げた腕が、幸村の頬を打ち据える。
ばしりと、乾いた音が響き、驚いたのは、打った当の政宗の方で。
息を呑む彼の手首を幸村はつかみ、敷布の上に縫い付ける。
「逃がさぬ、と申し上げたはずだ。」
ぎり、と手首に力が込められ、骨が悲鳴をあげる。
それは、左腕を折られたときの、恐怖をも蘇らせ。
「縋る腕を奪うつもりはござらぬ。・・・・・・しかし、支えなくば歩けぬよう、させていただくゆえ、覚悟されよ。」
けして逃げられぬよう。
それは断罪の宣告に近い。
誰が縋りつくものかと、芽生える恐れを叱咤する。
だが。
かすれた悲鳴が、あがった。
ねっとりと、空気が纏わりつくような気さえする。
荒い呼吸と、濡れた音。
衣擦れの、乾いた音と、肌が擦れる音。
悲鳴とすすり泣きに、時折まじる嬌声。
・・・・・・・・・こいつは、兵には毒だわ。
夕刻の騒ぎはとうに静まり、今はしんとした静寂があるばかりで、おそらくは見張りの兵のなかには、中で何が行われているか察する者もいるだろう。
遠く故郷を離れ、国境守として砦を守る兵たちを思えば、同情を寄せ得る。
こんな僻地では女を買う事も満足に出来ないだろうに。
可哀相に。
最も今一番哀れなのは、あの独眼龍だろう。
彼は何も悪くない。
否、むしろすべてが悪いのかもしれない。
彼が奥州筆頭であること、それ自体が、すべての理由になるのだ。
でも、今は違うのかもしれない。
そう遠くない、けれども最近ではない、そんな頃。
問われたことがある。
「恋とはどんなものであろうか。」
熱でもあるのかと思ったが、そうではなく。
幸村が真剣であればあるほど、佐助は困惑した。
朧気ながらも抱くソレを。
自分とて抱いた事がないものを。
説くことなど出来るはずがない。
だから。
「いつか恋をしたときに、わかると思うよ。」
と、逃げるような曖昧な言葉を返すしかなかった。
愛とか、恋だとか。
勘弁して欲しい。
唯一それに似た、持ちうるすべてを、俺はあんたに捧げたのだ。
幸村はおそらく答えを知ったのだろう。
あの独眼龍への想いを。
一途な、そのひたむきな瞳を逸らすことなく。
怖れを知らぬ、そのままに。
梁の上にとまり、忍鴉は褥の上で絡む二つの影を見下ろした。
腰をつかまれ、深く貫かれた竜が悶え、薄い唇から啼き声がこぼれた。
白い肌が闇に浮かび、ひどく艶かしい。
チリ、と身の内の何処かが疼く自分に苦笑して。
佐助はそっと目を閉じた。
目を閉じることが出来ても、耳は閉じることは出来ない。
両の手で塞ぐことは、忍鴉に許されるはずもなく。
「うあっ・・・・」
「政宗殿・・・・・・・・・・」
ねえ、旦那。
恋ってどんなものですか。
一言
だからどうしていつもいつも忍でしめるのか。
けふん。
それだからサスダテ、とか言われてしまうんだよ。
自業自得です。
幸村さんのエロはまだ若々しくて巧い下手どころではない感じです。
知識としては知っていた、みたいな。
初めての人ですか・・・。
それで最後の人だとか言うんですか?