日が昇る前に、砦に戻った。
 見張りの兵に見咎められることなく詰め所に戻れば、酒宴のはてに酔いつぶれた兵たちがそこここで寝こけていた。
 座敷は空になった酒樽やら散乱する杯で、足の踏み場もないとはまさにこの事であるという有様だ。
 その中には盛大に大の字で寝転がっている成実の姿もある。
 だが、政宗の姿はなく。
 しんと冷たい朝の空気の中、忍は消えた竜の気配を追った。





















 血が赤いなどというのは嘘だ。
 戦場に残されたそれは、赤ではなく黒だった。


 東の空が白み始め、昨夜の戦跡を浮かびあがらせる中を政宗は一人佇んでいた。
 成実や他の兵たちは、酒を呷っているうちにそのまま酔いつぶれ、眠りこけている。
 疲れているのだろう。
 それに、慣れているのだろう。
 だが、昂揚した精神は鎮まることなく、肉体の疲労を越え、政宗は寝付くことが出来なかった。
 気づけば刀を手に、適当な上着を羽織って、外に出ていた。


 火にあぶられ黒焦げた地面、折れて打ち捨てられた刀、屍を地に縫い付ける槍。
 ぶすぶすと燻る火種は、昨夜の続きが今なのだと、忘れるなとでもいうように。
 漂う血臭も。
 横たわる無数の屍も。
 おぞましいほどに生々しく、吐き気をもよおすほどに凄惨だ。
 ただなかにいたその時には、ついぞ感じることがなかったが、突きつけられるそれらは狂わんばかりの熱が去った今、無残な成れの果てというだけでは足りぬ現だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 重苦しくのしかかるのは、人を殺したという罪悪か。
 これで終わりではないと知る理性の憂鬱か。
 ただここに、生きて存在しているという後ろめたさか。
「畜生。」
 生き残るのは悪いことではない。
 笑い出したくなるくらいの優越感があるのに、それでも生きていてよいのかという暗闇の囁きが耳をはなれることがない。
 腰にさした、刀に手をおく。
 忌まわしくも誇らしくもある、それ。


 耳に、ざり、という地を踏む音が届いた。
 振り返った視線の先に、立つのは一人の若武者。
 背に二つの朱槍を負い、額の鉢巻も、戦装束も赤と白。
 赤は赤でも昨夜の炎のような、鮮やかな赤だ。

「何者だ。」
「お久しぶりです、藤次郎殿。」

 声にはやわらかな、親しみがあった。
 知り合いに、このような目立つ男がいただろうか。
「あんたは・・・」
「以前、城下町でお会いしまいた。」
「Isee。源次郎、だったか。」
 嬉しげに、若者が微笑んだ気配が伝わってきた。
 ここが始めてあった時のような街角であったならば、つられて微笑んでいたかもしれない、そんな力が彼にはあった。
 だが、ここはあの日常の一幕の様な町中ではなく、血塗られた戦場跡だ。
 彼がどうしてここにいる。
 この男は、武士だ。
 ただの旅の武芸者かもしれない。
 ならば何故ここにいる。
「ご縁があったようでござるな。」
 無造作に、男が動いた。一歩一歩と近づいてくる。
 互いの間合いぎりぎりのところで、彼の歩みは止まった。
 あと、一歩でも近づけば刀を抜く。
 その絶妙な距離だった。

「縁かよ。」
「縁でござろう。」
 そらぞらしく響くのは、どういうことだろうか。
 右腕の傷がジクジクと痛みを訴える。

 この若武者が、強いということはわかる。
「藤次郎殿、いえ、政宗殿。某とともに来ていただきたい。」
 言葉は丁寧だが、それは拒否することを許すつもりはないという強さを孕んでいた。
 吹き付けるのは、炎のような闘気。

 GODDEM。

 ムカつく。
 認めるのは業腹だが手負いの身でこの男に敵うまい。
 誰か、砦のもの、あるいはあの護衛の忍が気づけば、勝機はあるかもしれないが。
 共に行こうが、結局のところは同じことになるだけだ。
 これは敵だ。
 殺される。





 最初の一撃を避けることが出来たのは、奇跡といえるのではないだろうか。
 背後で二槍を交差するように構えた姿から、繰り出される、予想を超えた速さでの攻撃。それでも真っ直ぐに突き出された槍を刀で弾く。
 金属がぶつかり合う、高い音。
 速いだけでなく一撃が重い。
 崩れそうになる体勢をこらえ、続く炎の一閃を受け止める。
 伝わる衝撃に、昨夜負った傷が開き、血がにじむが、そんなことにかまってはいられなかった。
 後方に下がって間合いを取ろうにも、槍をつかう男のそれはかなり広い。
 長引けば、双方に不利。
 だが、政宗は長引かせねば勝ち目はない。
 
 



 刀の間合いは、槍よりも短い。
 柄を握りなおし、対峙する。
 刃が届かぬならば、届くところまで行けばいい。





「参る!!」
「上等!」
 
 あの炎の腕を潜り抜けるのは容易くない。
 だが。
「!?」
 初太刀を防ぎ、間合いを一気に詰める。
 手にある景秀が閃き、男に襲い掛かる。




「くっ・・・・・・・・」



 腹部に重たい、衝撃。
 意識が、遠のく。
 世界が、暗くなる。





 崩れ落ちた身体を片腕で支え、幸村は背後を振り返ることなく呼びかけた。
「佐助」
「はいはい。忍、参りました。」
 いつ頃からそこにいたのか。
 飄々と常と変わらぬ笑みを顔に張り付かせ、猿飛が現われる。
 幸村の腕の中で気を失っている政宗と、そして幸村の顔を見比べ、彼の笑みが微苦笑に変わる。
「旦那。」
「何だ。」
「ちょっと油断しすぎじゃない?」
「うむ・・・・・。」
 自覚があったのか、罰が悪そうに曖昧な表情で頷く。
 その頬に走るのは、一筋の赤。
 皮一枚、傷つけられただけだ。
 だが。

「確かに油断があった。」
 慢心するでないと、主君である信玄にも常々言われていたが。
 迷うような、焦りに駆られていた彼が、踏み込み、斬りかかってきたその時の目。
 手負いの獣などではない。
 彼は。

「独眼龍殿。」
「浸っているのに申し訳ないんだけどね、旦那。今のうちに。」
 ここから離れなければ。
 国境を越えればすぐに甲斐の領内ではあるが、手にした若者はこの奥州の主。
 今こうしている間にも、砦内では彼の不在に気づいたかもしれない。
 東の空から太陽が昇りはじめ、たなびく紫雲が朝を彩る。
「うむ。」
 政宗の身体を肩にかつぎ、佐助が連れて来た栗毛の馬にまたがる。
「では、行くか。」
「はいよ。」
 悪だくらみが成功した子供のような顔で笑う主人に頷き、佐助は背後の砦を一瞥した。


 
 悪いね、奥州の方々。
 


 仕事はいえ、なかなか面白かったと思う。
 だが。
 あくまでもそこは仮宿。 
 走り出した馬に並ぶように、忍もまた大地を蹴った。
























 覚醒は爽快とはほど遠い感覚と共に訪れた。
 殴られた鳩尾の痛み。
 吐き気。
 揺れ続け、安定しない不快感。
 気持ちが悪い。
「ここは・・・。」
「お気づきになられましたか、政宗殿。」
 思いがけなく間近から振ってくる声に、あわてて背後を振り返ろうとし、自分を支える腕にそれを遮られた。
「!?」
 両腕で振りほどこうとし、自分の腕の拘束を知る。
 後ろ手に縛られた腕は、もがいても自由になることはなく。
「暴れないで下され。落馬されますぞ。」
 嗜めるような言葉に、怒りが煽られる。
 勝手な言い様。
 何様のつもりだ。
「ふざけるな!!」
「政宗殿。」
「黙れ!!」
「傷にさわります。」
「もうとっくにひらいてる!」
「・・・・・・・・」
 てめぇとやり合ったせいでな!!!
 叫ばれ、暴れられ、流石の幸村も馬の手綱に集中できない。
 このままでは、本当に落馬させてしまうかもしれない。
 それならば、いっそ、もう一度気づけさせようかと、乱暴な考えが去来する。
 だが、さすがに限界だったのか。
 腕の中で暴れる竜の動きがぴたりととまる。
 荒れる海が突然凪いだような、静けさだった。
「政宗殿・・?」
「あんた、何者だ。」
 かすれた声で、問われ。
 ああ、今になって問われるのかと、嬉しいような哀しいような気持ちになった。
「某は、甲斐の虎に仕える武士。」











真田源次郎幸村





























一言。
あ、何だか何だか何だかな。
多分次か次の次かでエロだ。
宗様が姫になります。王様で姫。どんなだ。