謎の武装集団が国境の砦を急襲。

 

 異変に気づいたの、ちょうど太陽が沈む直前の夕闇の中だった。
 国境のほど近くに現われるという盗賊の退治に出た成実が、何気なく振り返った空に、一筋の煙。

 
 それは、間違いなく、後にした砦の方角で。
 血の気が引いたのは、まぎれもなく恐怖の所為だ。
 敵を恐れたのではなく。
 卑しくも伊達三傑武の成実と呼ばれる身。
 敵が戦国最強や軍神であっても武者奮いをしこそすれ、恐れなどしない。





 
 だが。
 国境砦には、政宗がいる。
 





 怖れたのは彼を失うこと。








国境防衛戦















 「政宗様!!!闇にまぎれ敵襲が!!!!!」
 「!!!!」

 伝令の兵が駆け込んできたのは、夕餉の準備をしていた時分だった。
 冬が近づくこの時期は日暮れが早い。
 迫る夕闇に乗じての思わぬ奇襲に、砦内は騒然となった。
 特に今は、彼らの主君たる政宗がいるのだ。
 彼の護衛として共に訪れていた成実は、手勢を幾らか連れて、近隣の荒らす盗賊の討伐に出かけた矢先で。
 はかったようなタイミングに、政宗は唇をかみ締めた。
「成実に早馬をおくれ!!!すぐにだ!!」 
 近侍のものに命じ、すぐに戦装束を整える。
 青と黒の鎧に、愛刀『景秀』。
 敵が何れのものか知らないが、かなりの手勢であるようだった。
 兵たちに走る緊張感と、夜を揺るがす怒号と悲鳴が耳に届く。
 馴染み始めた刀を確かめるように握り、覚悟を決める。
 どうせ、いずれは来るべきもので、それが今になっただけだ。





 戦は、初めてだ。
 それは人が人を殺すということで、人が人に殺されるということだ。





「旦那、出るのかい。」
「当たり前だろう。」
 
 不意に姿を現わした忍は、最早トレードマークと化した笑みを珍しく浮かべていなかった。
 いやに真剣な目で、それは問いかけというよりも確認だったのだろう。
 答えをきくと、猿はへらりと笑った。
「あんたは逃げるなら、今のうちだぜ。」
 教えられずとも、自軍の不利は察していた。
 この忍は流れ者で、伊達に対して何の義理もないはずだ。
 ここで逃げたところで何の咎めもないだろう。
 あるいは死んだことにして姿をくらますのも、この男ならば容易かろう。
 政宗の言葉に、猿飛は驚いたように目を丸くして、次に少し疲れたような溜息をついた。
「あのね、俺の仕事は信用問題なの。簡単に雇い主おいて逃げられるわけ、ないでしょう。」
 次からのお仕事なくなるしね、と苦笑交じりに呟く忍は、平素と何の変わりもなく。
 それでもどこか、わずかに走った苛立ちは、彼の想定外のことだからだろうか。
「それに今月のお給料、まだもらってないんだよ。」
 付け加えられた言葉に、そっか、と政宗は呟き踵を返した。
 青い陣羽織が彼の動きに従って翻る。
 
 主君とは真逆の色彩の、鮮やかさだ。

 正直、勘弁してくれと思うが。
「ま、やるしかねぇか。」
 これもお仕事、である。




「あんた、運が悪いだろ。」
「俺もそう思うけどね。」
 それは自覚があるが、その分しぶといから、今、ここに存在する。
「俺は悪運が強いからな。」
「・・・・・・・・・・なら殿様の悪運に便乗させてもらおうか。」
 そうふざけた様に笑うと、そうしておけと、不適に笑う青年に会った。




















 駆けつけた砦の門前には兵の死体が折り重なっていた。
 配備されていた兵たちは、その殆どが倒されたようだ。
 自軍の兵にまじり、黒い甲冑を纏う兵士の屍も地に伏している。
 ただ無造作になげだされた塊のように。
 強襲する軍に、何の旗印もない。
 ただ漆黒の鎧兜を身に纏う敵兵は、赤々と燃える松明を掲げ砦に向かって殺到する。
 砦の壁上から弓兵が近づく敵兵を狙って矢を放ち、寄せ付けぬよう応戦している。
 だが、倒しても夜闇の奥から後から後から現われる敵兵は、徐々に門に群がり、鉄柱が閉ざされた門を破ろうと振り上げられる。

「・・・・上等!!かかってきな!!」

 飛来する火矢を刀で弾き、返す一太刀で、護衛兵を切り捨てる。
 鉄柱兵を優先的に排除するように支持を飛ばし、自らも、護衛兵に護られながら門に向かう鉄柱をかついだ一団に切っ先を向けた。
 耳をうつのは、鋼と鋼がぶつかりあう斬撃の音、ほえるような怒号と絶叫。
 刃を通じて腕に伝わるのは、命の失われる音。
 二刀をふるう、その都度、わけもなく身体の内部を熱が駆け抜ける。それなのに、頭は冴え渡り、敵の動きがまるでスローモーションのように、鮮明にうつる。
 政宗の四角である右に回ろうとする兵の喉を白刃で貫き、振り上げられた鉄球をすんでのところでかわす。
 兵の錬度は比べるまでもない。
 だが、数に圧され、次第に一人一人と政宗の手勢が倒れていく。

 門は無事かと視界の端で確認すれば、風のような動きで敵を切り刻む忍の姿があった。
 時折頭上を掠める鳥の影が彼を助けるように敵をその翼で翻弄する。
「いいねぇ・・・。」
 強い奴はいい。
 それは戦場にて生きる権利と直結する。
 浴びせられる白刃を薙ぎ払い、鉄柱兵に足元から掬い上げるような一太刀を浴びせる。
 肩を矢が掠めていく。

「SHIT・・!!」

 鋭い痛みがはしるが、それは一瞬だ。
 すぐにそれは新たな熱をもたらす。
 柄を握りなおし、眼前の敵に相対する。
 刃を振るう腕も、身体を支える足も、悲鳴をあげている。
 とうに限界を超える酷使に、だが、緩めることは出来ず。
 振り下ろされた鉄球をさけ、兵の腕を切り落とす。
 飛び散る血が頬を汚した。
 濡れた頬が焼けるように熱かった。









「ちょっと、まずいね・・・」
 刀を振りかぶる腕を、大降りの手裏剣で切り落としながら、猿飛はすぐ近くで戦う政宗を見た。
 いつでも助けられるようにと、手の届く範囲内で刃を振るう。
 一太刀一太刀、彼のふるう双刀に衰えはなく、むしろ鋭さが増しているようにも見えるが、あれは疲労の極限にあるもののそれだ。
 限界は近い。
 周囲を見回せば、敵兵も減りつつある。闇の中から現われる兵の姿も先ほどまでの勢いはない。
 だが、こちらの手勢も少ない。門は奮戦により未だ破られてはいないが、このままでは時間の問題だろう。
 最悪、彼だけでもつれて離脱する気でいた忍の耳は、戦場のさなかでも、近づいてくる馬蹄の響きを捉えた。
 新手かと、思ったが、おそらくアレは。


 援軍だ。


 成実か、あるいは、それ以外の援軍。
 ああ、本当に、悪運が強い。
 鬨の声が、砦内からあがり、硬く閉ざされていた門扉が内側から開かれた。
「梵!!!」
 叫びと共に躍り出てきた人馬の先頭は、猛将伊達成実だ。
 馬上から門に群がっていた黒の兵たちを蹴散らし、政宗の周囲の敵を薙ぎ払う。
「無事かっ!!」
「おせぇ!!」
「わりぃ!!!」
 怒鳴り合いの応酬に、忍は場所考えろよっていうか余裕あるなあと思いつつも、攻め手を緩めることなく敵をほふる。
「あとの始末はお任せを。」
「ああ、気をつけろよ。」 
 駆けつけた騎馬隊の前に、すでに敵は総崩れだ。
 逃げ惑う敵を確実に追い詰めていく騎馬隊に、成実が深追いするなと命じている。
 あとを成実にまかせ、政宗は砦内に引き上げた。
 それに付き従うように、猿飛が続く。
 兵たちの詰め所となっている小屋の壁によりかかり、政宗は崩れるように座り込んだ。 
 ようやく、詰めていた息を吐き出し、重いばかりの兜を脱いで、そこら辺に転がす。
 体中を荒れ狂う熱は治まり、かわりに四肢の感覚が戻ってくる。身体中が悲鳴をあげていた。
 疲労と、傷の痛み。
 傍らに膝をついた忍が、鎧を外すのを手伝う。
 べっとりと血と汗で着物が身体に張り付き、それが不快だった。
 傍にいた兵が転がるように詰め所に走っていき、やがて薬箱と水桶を持って走ってくるのが見えた。


「本当にあんた、悪運強いね。」
「だから、言っただろう。」
 そう言いながら、苦笑した政宗の顔は、痛みのせいか少し苦しげだった。
「・・・・・・・・・・・・便乗できなかった奴らもいるけどな・・・・・・。」
 小さな呟きは、それでもかき消されることなく忍の耳に届いた。

 
 視界にうつる屍は、彼の兵。
 門の外で、歓声があがった。



















「はい、手当て終わり、と。」
 平時には兵の詰め所として使用されている部屋。
 身体を布で拭き、血や汚れを落とせば、それまで気がつかなかった傷が身体のあちこちにあった。
 自分で手当てをすることが出来ず、結果、忍に手伝わせることになった。
 本当は、他者に身体を見せることは好きではない。
 女々しいとわかってはいるが、病の痕が残る体を見られるのは厭わしかった。
 本物の奥州筆頭もそうだと、いつか成実が言っていた。
 それに安堵を覚えた自分が、情けなくもあった。
「右腕、痛くない?」
「別に。」
 動かすたびに痛みはあるが、我慢できないことはない。
 ほとんどの傷は軽傷だが、中にはじくじくと痛みを訴えるものもある。
 一番傷が深かったのが、右腕に走る刀傷だ。引き攣るような痛みに、それでも何でもないような顔をする。

「あんた、怪我は?」
「ま、大したことないからね。適当にしておいた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんた、鴉もってたな。」
「へ?ああ、うん、鴉でしょ。うん。俺、持ってないなんて言ってないよね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 思い出す。
 確かに「持っていない」とは言ってない。
「言ってないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 にこにこと笑う忍の顔が腹立たしい。
 とりあえず忍の頭を張り飛ばすが、ついいつもの癖で右腕でそれをやってしまい、自分の方のダメージの方が大きくなってしまった。

「旦那・・・」
「何も言うな。むかつくから。」
 忍は何も言わなかった。
 黙って、ぽんと肩を叩く。
 むかつくのがわかっていてやってるのだろうか、こいつは。

「梵!!!手当ておわったか!!」
 荒々しい足音ともに駆け込んできた成実は、室内の二人を見て、不思議そうに首をかしげた。
 精悍な容貌に似合わないかわいらしい仕草だが、あまり違和感がないのは成実ゆえだろう。
「あー・終わった。」
 あわてて、包帯だらけの上半身に着物を羽織り、立ち上がる。動く度に身体がぎしぎしと悲鳴を上げるが、それには構わず成実の横を通り過ぎる。
「どうしたんだ?飯だろ?」
「ん、ああ・・・・・・・・・。」
 どこかぼんやりとした成実に、こいつも疲れているのだろうと結論づけ、肩を軽く叩く。
「猿は・・・・。」
 飯食うだろう、と問いかけようと振り返るが、先ほどまであった姿はなく。
 政宗は、いつものことだと思いつつも、溜息をはいた。




















「潜んでいた敵も、ほぼすべて撤退したようです。」
「そうか。」
 忍の報告に、幸村は頷き、ご苦労だったとねぎらいの言葉をかける。
 奥州の国境砦のほど近くの林の中だった。
 戦場の血臭が届かぬそこからは、木々の切れ間から砦を覗うことが出来た。
 今、そこに独眼龍がいることも、知っている。
 所属不明の軍に夜襲をかけられたことも、戦場にたった竜の姿も。
 すべて、見ていた。
「結局、わからぬままであるか・・・。」
 逃げる兵を捕らえたが、すべて自ら命を絶ち、それらの者達はもちろん所属を現わす様なものなどは一切身につけていなかった。
「旗印を掲げぬとは卑怯な・・・・・。」


「まあ戦に卑怯も何もないからねー。」


 のんびりとした声が、頭上から降ってきた。
「おお、佐助か。」
 主に応えるように、ザザーと葉擦れの音と共に、猿飛が降り立つ。
「猿飛佐助、参上、と。」
「む、ご苦労だったな、佐助。」
「ま、予想外だったけどね。・・・・・・・・・・・それより、旦那。」
「・・・・・・。」
 長年の付き合いから、忍の口調が変わったことに、微妙に顔を引き攣らせた。
 責められる心当たりならばありすぎる。
「途中で、新手が減ったのは、旦那達の所為だよね?」
「うむ・・・・・・つい・・・・・・。」
「つい、じゃないでしょうが!!」
 何考えてるの、姿見られたら大変なことになったんだよ、と怒鳴られ、あまりにも正しいため反論することが出来ない。
 幸村とてわかってはいる。
 だが。

「見ていられなかったのだ・・・・?いや、もっと見ていたかったのか?」
「どっちだよ。」
 
 戦場で、敵に囲まれてもひるむことなく二刀をふるい、戦う姿。
 一太刀一太刀、舞うようにというには鋭い動きで、戦うというには洗練されたそれは、血泥にまみれた戦場にはあまりにも鮮やかで。
 華やかなその龍の姿に気がつけば、自らも背に負っていた槍を振るっていた。

 あの衝動は、何だったのだろうか。

 彼と佐助の苦戦を思っての行動でもあった気がするが。
 それよりも、もっと近くで彼をみたかったのだろう。
 いや、
「俺も、政宗殿と刃を交えたいと思ったのかも知れぬ・・・・。」
 どれもが、本当で、どれもが違うような気がする。
 自らの心がこれほど複雑な糸を織り成すことは今までなく。
 困ったように、忍を見れば、兄とも思う彼もまた、同じように困った顔をしていた。


「あの方を、死なせたくないと思うのにな。」
 それさえも、不思議なことだ。
 敵であり、主君たる武田信玄の敵となるかもしれぬ男なのに。
 敵は斬る、それだけでよかったのに。


「・・・・・・・・・とにかく、実行するんでしょ。」
「ああ。」
 予定外の夜襲だったが、逆に、こちらには好転したかもしれない。


「政宗殿には奥州から消えていただく。」
 お館様のために。
























一言。
なんだろう。なんでこんなにこんなんなんだろう。
げふん。
あああああああまた、真田が何処の人ですか、とかサスダテですかとか言われちゃうよ。
これは一応サナダテだよ!!!ただ佐助が贔屓されているだけで。