別に政宗がことさら意図していたわけではない。
 気がついたら人ごみの中、連れとはぐれていただけだった。
 周囲に一緒に来ていた成実の姿も、他の影守りの姿も、さらに使用人に扮した猿の姿もなく、一人で佇んでいた。
 だからといって戸惑うこともなく、連れを探そうという気にもならなかった。
 帰り道ならばわかる。
 すぐ目の前に城があるのだから、そちらに向かえばいい。
 懐には少々の小遣い程度の金もある。
 
 となれば、堪能するしかない。
 
折角口うるさい連中を説き伏せて、初めて降りてきた城下町だ。
 すぐに帰ってしまっては面白くない。
 それに帰ったとしたら、はぐれたのだから当分外出禁止だとか言いだしかねない家臣の顔が脳裏を過ぎれば、迷うことなど何もない。
「遊ぶか。」
 足取り軽く、その場を去る。













「梵天がいねー・・・・・・・・・」
 この世の終わりのような顔をした男が、数人、道の中央に立ち尽くす。

 身なりがよい武士であるから、どけとも言えず、迷惑そうに、あるいは興味深そうに彼らを見ながら町人や旅人が遠巻きに通り過ぎていく。
 もちろん、彼らは、一人を除いて周囲の様子に気づいていない。
 それどころではないのだ。
 唯一、比較的冷静でいる鳶加藤こと猿飛が遠巻きに集まりだした町人達に気づき、この場で浮きまくっている集団に行動を促す。
 ここにいたところで目立つだけでどうにもなりはしない。
 あるいはここで目立っていれば、政宗の方が気がついてくれるかもしれないが、彼の性格を考えるとそうしたことはなさそうだ。
 あくまでも忍の勘だが。
「ちょっと、落ち着いてください。とりあえず、ここではぐれたのは間違いないんだから、さっさと探しましょうよ。」
「あああ、そうだな!!薄着だし、馬もないから遠出は無理だよな!!Hey、Guys、手分けして探すぞ!!!」
「YA!!!」
 円陣を組んで戦の前の如く気合をいれる一同をみて、一瞬だけ猿飛は遠い目になった。


 武田軍とは違った意味で、ここも濃いよな・・・・・。


 三々五々に散っていく彼らを見送り、猿飛もまた踵を返し人波に紛れる。
 一人になれば周囲に気配をとけこませ、同化することなど猿飛には造作もないことだ。
 すぐに使いに出た一使用人、という役柄になりきる。
 だが、思考はすべて当然のことながら延長にある。
 伊達の懐に潜入してから今まで、どうにもぬぐえない違和感が常に付きまとっていた。

 伊達の家臣が、特に伊達三傑と言われる智将猛将が見せる、主君に対する過剰までの保護。
 そして家中全体に漂う城主を気遣うようなぎこちない空気。
 
 先日まで病にふせっていたということを差し引いても、腑に落ちない。
 それに家中の雰囲気は、伊達政宗本人が姿を見せ、鍛錬に励んだり包丁を振るうようになってからは徐々にやわらかく、穏やかになっていったが、側近達の反応は変わらずだった。 
 
 両者の間にある微妙な距離感。
 互いが踏み出せないで入る何かを、忍は微妙に嗅ぎ取っていた。

 
 あの噂は本当なのかもしれない。


 伊達政宗が、毒殺されかけた。
 混迷する奥州を一つにまとめつつあるのは伊達政宗。
 その彼の命を狙う者は五万といるだろう。
 だが、今回の毒殺事件はどうも身内がらみらしい、との話だ。
 奥州はほぼすべて血縁関係にあるのだから、ことさら騒ぎ立てるほどのものでもないかもしれないが。
 
 ただそれにしては、政宗の方が、わからなくなる。
 毒殺されかけた人間しては警戒心が薄いし、行動が幼いということさえある。
 普通はこんな得体の知れない男をそばに置かないだろうし、嫌がるだろう。

「何なんだろうね、一体。」
 
 懐かれているとは思わない。
 そんな可愛げがあるような人ではない。
 だが、暇になるとやれ面白い話をしろだの、稽古に付き合えだの、夕餉の味見しろだのと呼びつけられる。
 普通それは忍びの仕事ではないはずだ。


 変わり者にも程がある。


 天井裏やら床下で影ながら守るどころか、忍んでいないのが現状だ。
 忍を何だと思っているのか。
 道具だとはけして考えても居ないようなソレが時に猿飛の何かを苛立たせる。
 
 良くない傾向だ。
 
 非常に良くない。
 
 この先何が起きたとしても、猿飛佐助がすべてを捧げる主はただ一人だ。
 指一つ、主のため以外に使うことは出来ないのに。
 


 だが、そんなことを思う時点で、それははっきりしているのだ。






















 ふらふらと、気の向くままに町を散策する。
 行き交う旅人や町人、行商人を横目に、路肩に広げられた物売りをひやかしたりした。 
 一度あまり性質のよくない男に絡まれはしたが、逆に返り討ちにしてさっさと逃げだした。
 逃げるがまま来るとはなしにきた神社の境内では旅芸人の一座がちょうど曲芸を披露していた。
 秋晴れの空に、色鮮やかな旅芸人の軽業師が舞う。
 客の歓声と、威勢のいい掛け声が響く。
 見たこともないものばかりで興味が尽きない。
 愉快だった。
 お代は胸一つでと歌う旅芸人に適当に小銭を投げ、その場を後にする。
 投げられた銭に目を丸くする芸人に気づかず。
 そのまま軽い足取りで、政宗は目に付いた茶店の暖簾をくぐる。
 喉も渇いたし、小腹も空いた。
 こういった店に入ったことがないし、貨幣の価値も良くわからない。
 店主に茶と団子、といって適当に銭を渡すと、山のように積まれた団子と同じくらいのぼた餅が出てきた。
 どうやら払いすぎたらしい。
 まあ食べきれない分は包ませればいいと、通りに面した緋毛氈の腰掛に座り、さして広くもない通りを見ながら茶をすする。
 店の中にいるよりは、まだ探しやすいだろうと、おそらく自分を探しているだろう成実たちを思っての選択だ。
 今更、という気がしないでもないが。

「平和だな。」
 
 非常にまったりとした気分で通りを眺めていると不意に視界に影が差す。
 何事かと見上げれば、店の軒先に旅人が立っていた。
 小豆色の袴を履いた若い武士だ。
「店主、団子を一皿頼む。」
 やたらに元気の良い声がそう注文するが、返された店主の言葉にがっかりとしたように若者は肩を落とした。
「申し訳ありません、今日は生憎のところ、切らしておりまして・・・。」
「そうか、ではぼた餅は・?」
「はあ、それが・・・・・・・。」
 曖昧に言葉を濁す店主に、言葉の先を察した若者が残念そうに溜息をついた。
 
 一連のやりとりに何となく、なけなしの良心が痛むのは、不可抗力とはいえあきらかに頼みすぎた自分と、若い旅人があまりにも肩を落としているためだろう。

「では茶を一服くれ。」
「おい、あんた。」
 声をかけられ、振り向いた若者は思った以上に若く、驚いた顔はあどけなささえただよわせていた。
「某が何か?」
「頼みすぎた。あんた、腹すいているのなら食ってくれねーか?」
 口調はぶっきらぼうだが、若者は気を悪くした風もなく、政宗の提案に目をさらに大きく見開いた。
「別に毒なんざ、はいってねーよ。」
「いえ、そうではなく・・・・」
 初対面の人間にいきなりそんなことを言われ、戸惑っているのだろう。
 若者が躊躇うように視線を中にさ迷わせた後、確認するように政宗を見た。
「いいのでござるか。」
「一人じゃ食いきれねーからな。」
 そういって、隣に座れと指し示すと若者は素直に従った。
「では、頂戴いたす。」
「ああ。」
 嬉しそうな笑顔を見せる若者に、つい政宗の唇もほころんだ。
 いつもの皮肉気なそれではなく、思わずこぼれてしまったというような、笑みだった。
「あ・・・・・・の、某は・・源次郎と申す。」
「おう。おれは、・・藤次郎。」
 何だか似た名前だ、というと、若者は嬉しげに笑った。



















 ちょっと待ってよ!!何であんたがここにいるんだよ!!!!
 しかも、なんで一緒にいるのさ!!!ありえないでしょうが!!!


 迷子の殿様をさがして一刻余り。
珍しいもの好きの殿様のことだからと、市やら見世物やらを中心に探せば案の定、境内で興行していた軽業士から、やけに身なりが小奇麗で端正な顔の若武者が見料をはずんでくれたという話をきいた。
 その足取りを追うようにして、小さな通りに出れば、殿様は茶店でのんびり茶をすすっているではないか。
 しかも、その隣にいるのは。
「真田の旦那・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 甲斐にいるはずの主君の姿に、眩暈がした。
 しかも、仮の主である伊達政宗と二人して団子なんぞを食べている。
 いかに猿飛佐助が優秀な忍とはいえ、こんな事態は想定外だ。
 いやそこは忍とか関係ないかもしれないが。
 

何やってるんだよ、あの人たちは!!!!

 
 幸せそうに団子を頬張る幸村の顔を張り倒したい衝動に駆られても仕方がないだろう。
 とりあえず、とかなりのダメージから無理やり自分を回復させ、二人に近づいていく。
 最初に気がついたのは、二人ではなく、幸村についていた行商に装った佐助の部下の忍だった。
 猿飛の姿を認めるとどこか申し訳なさそうな顔になる。
 こいつ給料カットしてやろうかと思うが、暴走する主を止められないのは猿飛とてよくわかっている。
 目配せ一つで意思疎通を行い、猿飛は瞬時にそらぞらしい笑顔を作り、呼びかける。
 もちろん。

「旦那。」

 独眼龍の方に。
「よ、遅かったな。」
「遅かったな、じゃないですよ、あんたね、どんだけ探したと思ってるのさ。迷子になったらその場を動かないってのが鉄則でしょうが!!!」
 これは本心からだ。
 心の底から思っていることだから偽る必要はない。
「・・・・・・・・藤次郎殿は迷子でござったのか?」
「違う。迷子になったのはこいつらだ。」
「説得力ないですから。」
「自分の家がわかっているのに、迷子になりようがねーだろうが。そもそも俺が歩いてるのに勝手に居なくなったのはそっちだ。」
 ふん、とそっぽを向きながらそう断言する政宗に、この殿様一度殴ってもいいだろうかと、思わず拳を固める。

 大人になれ、俺様。

「あ、どうも旅のお方、若が世話をかけまして。」
「いや、こちらこそ藤次郎殿に、すっかり馳走になってしまい・・・・。」
 そらぞらしいが、挨拶を交わす。
 おそらく、自分についている伊達の忍に怪しまれるのは得策ではない。
 そのあたりは、幸村も心得たもので、あわてて居住まいをただし、礼をする。
 その幸村にだけきこえるように、そっと呟く。
「ホント旦那食べすぎ。」
 皿に残る串を見るだけで、呆れるしかない。
 政宗は大して甘味が好きではないのだから、ほとんどは幸村の腹の中におさまったのだろう。
 もちろん佐助の声は耳に届き、幸村は誤魔化すように苦笑を浮かべた。

「ほら、皆心配してるよ。」
 そっと政宗を促す。
「わかってる。じゃあな、源次郎。」
「はい、藤次郎殿。」
「縁があったら、またな。」
「はい、必ずや。」
 目に宿る幸村の真剣に、怪訝な顔をしながらも政宗は背を向け、猿飛は再び一礼して彼の後を追う。
 彼らの姿が見えなくなるまで、幸村は二人を見送っていた。

「藤次郎殿、か。」

 名乗りに偽りはないのだと思うと何故か嬉しくなった。
 それは自分も同じだが。

「今日はいい日だ。」

 上手い団子はたらふく食えたし、楽しいひと時を過ごせた。
 それに。

「よう、兄ちゃん。」
 しゃがれた乱暴な声に、幸村は気を悪くした風もなく笑顔で振り返る。
 数人の一見してならず者とわかる風体の男たちが、手にした刀をこれみよがしに、立っていた。
 もちろん、その存在には気づいていたので驚くことはなかった。
「ちょっと、連れの兄ちゃんがどこいったか教えてくれないかねぇ。」
 にやにやと、上目遣いで見上げる貧相な男に見覚えはなく、また彼らがいう「連れの兄ちゃん」というのは『藤次郎』のことだろう。
 目の前の男たちが、彼と友好的な間柄とは到底思えなかった。
「連れ、というのは藤次郎殿のことか?」
「さあてな、名前なんぞ知らんが、ちょっと用があってなぁ。」
「ふむ・・・さしづめ、落とし前をつけるといったところか。」
「おおよ、この傷のなぁ。」
 そう言って進み出た男の顔は青痣が残り、腕に包帯を巻いていた。
 凶悪な人相が更に恐ろしい有様になっている。
 ぎらぎらとした目を見れば、男が何を意図しているかなどわからぬわけがない。
 さしづめ、藤次郎殿にちょっかいをかけ、返り討ちにされた腹いせに仲間と連れ立ってきたというところだろう。
 こういう類の輩はどこにでもいるものだ。
 
 どうするか、などと迷うことはなどなかった。











 数分後、路地裏で呻き声を上げ、倒れ付す男たちの中で、ただ一人、幸村は立っていた。
 二槍をふるうまでもなく。
 彼にとってはこの程度、食後の運動にもなりはしない。
 
 つと、空を見上げれば、蒼穹。
 風が雲を流してく。

「今日はいい日だ。」


 思いがけなく、佐助に会うことができた。
 そして。



「伊達『藤次郎』政宗。・・・・・・・・彼が独眼龍殿か。」

 佐助が傍にいたのだから間違いないだろう。
 想像とは違ったが、幻滅することはなかった。
 それどころか、興味はいや増すばかりだ。












「縁など、我らの間には関係ないでしょう。藤次郎殿。」
 出会うこと。
 それこそが。













必然である




























一言。
三回以上笑わないでください。
最近殿が天然さん化しているといわれますが、殿は天然です。
絶対。策士で賢くて切れ者でいけずだけど天然です。
というか、大名はほぼ皆、強弱はあれども、やめられなくてとまらない性格で、天然さんだと思ってます。
とりあえず、幸村さんとやっとこさ出会いました。
あとは転がるように進んでいってほしいものです。