「よーす、殿。」
「てめー、成実、いちいち頭に手を置くんじゃねーよ。」
「ははは、すいません、つい調度いい位置にあるんで。」
「死ね。つーかむしろ殺す。」
伊達三傑
錬兵場に響き渡る声は、剣呑でいてどこか楽しげだった。
周囲の視線を集めるのは、しばらく臥せっていた青葉城の主君伊達政宗と、その従弟であり伊達三傑と呼ばれる側近中の側近である伊達成実である。
主従とはいえ、ともに育った彼らは兄弟も同然であり、じゃれ合いというには些か激しい戯れ(ヘッドロックをかます等)をするのも珍しくない。
家中の者たちも慣れたもので、呆れたような微笑ましげな、柔らかな眼差しが注がれる。
「殿、何か縮んだ?」
「縮んでたまるか、てめぇがでかすぎるんだよ。」
「細くなったしねー。」
「てめぇが太ったんだよ!!」
「白くなったしね。」
「てめぇこそ奥州人のクセになんでそんなに黒いんだよ。」
「おれは地黒なんで。たまに漁にも出るしねー。」
「そいつぁいい。そのまま遠洋漁業に行ってみたらどうだ。」
「またまたー、俺がいなくなったら寂しがるくせに。」
しっしと、犬を追い払うように手を振っても、男はにこにこと楽しげに笑うばかりだ。
ああいえばこういうこの男は、政宗がどれほど不機嫌で殺気だった目で睨みつけても堪えず、まとわりつく。
イライラと、政宗は少し離れた渡り廊下のところからこちらを見ている小十郎に視線を送る。
何とかしろ、と意味を込めたそれを受け取りながら、男はそ知らぬ顔で笑むばかりだ。
てめえ、ふざけるな。
大体、成実は、自分がこいつらのいうところの「伊達政宗」ではないと知っているはずなのだ。それにもかかわらず、戯れのような問いかけをする意図がわからない。
周囲にばれて困るのは、自分だけではなく彼らもまた同様の筈だ。
こちらは必死で、この世界のことを学んでいるというのに。
乗馬やら剣術やらはもともと習っていたため、基礎があった。政の類は小十郎やら伊達三傑のもう一人、鬼庭が行う。だが、一般常識や最低限の政の知識は身につけなければならない。
もともと物覚えは早く、応用力も高いため、何とかなってはいるが。
それでもかかる負荷は大きく、付きまとう不安に息苦しさを覚える。
「ったく・・・・・・・・・・ん・」
ヒラリと肩に白いものが落ちてきた。
見上げると、空からふわりふわりと降ってくる、無数の白。
雪、だ。
どうりで酷く冷えると、今更ながら思う。
灰色の空から降るそれを、傍らに立ち、同じように成実が見上げていた。
「あー雪だ。今年は早いなー。」
どこか悔しげな、不満そうな声だ。
むしろ子供がすねたような声といったほうが良いかもしれないが。
「雪が嫌いか。」
「いや、嫌いじゃないけど。戦ができなくなるじゃん。」
あっさりと吐かれた言葉に、心臓がどくりと脈打った。
そうだ。
戦だ。
戦国戦乱の世だと言われても、兵や武具を目の当たりにしても、どこか実感がわいてこなかったそれ。
成実の口から出たそれは、一気に重みを増して胸の奥で鉛のように蹲る。
確かに、雪が降れば、北の国々は兵を動かせない。
戦は雪解けまで自然休止となるだろう。
それが成実には口惜しいことのか。
「戦、したいか。」
「ああ、したいね。」
打てば響くように即座に答えを返され、政宗は眉をしかめた。
戦があれば、当然人が死ぬ。
自分も死ぬかもしれないのに、何故それをあえて望むのか。
「まあ、でも今回は調度いいかもなー。」
今の俺らにはさ。
にやりと、意味深というほどのものではなく、それでも明らかな含みをこめた笑みで、頭一つ分ほど低い位置にある政宗の顔を覗き込む。
―――――――――――こいつもクワセモノだ。
バカであることが間違いないが、ただのバカでは伊達三傑などとよばれるわけはない。
きゅっと眉を寄せ、近くにあった成実の頭をはたいた。
「何すんだよ、梵!!」
「うるせー、なんかムカつくんだよ。ていうか梵って呼ぶな。」
再びぎゃーぎゃーと騒ぎ出し、本降りになってきた雪に体温を奪われ、小十郎に怒られるまで二人は錬兵場を走り回っていた。
「本当にあの方は、政宗様ではないのか?」
しんしんと、雪が降る夜となった。これから本格的に冬入りとなり、山野もまもなく白に覆われるだろう。
それが今の彼らには有難かった。
今居る伊達政宗が、主君である奥州筆頭伊達政宗でないというこの事態。それを知るものは、三人。伊達三傑と呼ばれる、片倉小十郎景綱、伊達藤五郎成実、そして鬼庭綱元である。
先の問いかけは、綱元が発したものだ。
小十郎はそれを咎めるように綱元を見て、静かに頷いた。
「真のことだ。」
長い付き合いになる網元にも小十郎の表情は読みがたい。
元々情が顔に表れる男ではなかったが、あのことがあって、それは更に拍車がかかったようだ。
綱元は視線を左にずらし、成実を見た。助けを求めるようなそれに、成実は困ったように肩をすくめてみせる。
「違う、だろうなー。」
六爪流できなかったし。反応がストレートすぎるし。
何かいろいろ戸惑っていたし。
昼間、錬兵場で試しに六本持ってみろと言ったら、ふざけるな、重たいから嫌だ、とあっさりとのたまった青年(というよりも少年か)の顔を思い出す。そのクセに口上なんかはきっちりしていて。挙句には俺は包丁より重いものはもてねぇと言いながらその直後、刀二本を自在に操って見せた。
どうなのそれ、とその時のことを思い出し口の端に笑みが浮かぶ。
「成実?」
「あ、わりぃ。」
綱元に怪訝な顔をされ、成実はおざなりに謝る。
「・・・・・・・・・・・・・でもさ、俺もわかんなくなるよ、実際。」
だってあいつ、そっくりだから。
いや、そっくりだとか似ている、などというレベルではないと思う。
「やっぱさあ、違うとことかあるんだけどさ、なんていうの、やっぱり同じなんだよ。」
どうしようもなく。
例えば、本当に情緒不安定なとき無意識に眼帯に触れたりするクセとか、刀を構えるときの仕草、ふとした時の目線の向け方、軽口まじりの応酬や、煙管の吸い方まで。
どうしたら、それほどまでに似せられると、詰め寄りたくなるくらいに、彼は伊達政宗だった。
考えてみれば、彼は奥州筆頭伊達政宗に面識はない。
それなのに、何故、自分が錯覚しそうなほど、同じなのか。
「俺はバカだからよくわからねーけどさ。あいつは本当に梵じゃないのかって俺でも思うのよ。」
従弟として幼馴染として、彼がまだ梵天丸とよばれていた頃より、長い間共に過ごしてきた成実には自負がある。自分は、自分たち伊達三傑は誰よりも伊達政宗に近しいところに在った。
だからこそ、彼が伊達政宗ではないことを知りつつも、それが受け入れられないのだ。
「確かに、わからないことばかりです。」
目の前で姿を空に消した主の行方も。
まるで代わりのように現われた瓜二つの彼も。
知るが故に、理屈などではなく、わかってしまうのだ。
「我が主君は政宗様のみ。お戻りになるまで、私は守り通す。」
あの方の、すべてを。
あの方が必死に掴み取ってきたすべてを。
居場所も、国も、すべて。
そのために、彼が現われたのだとさえ思う。
政宗様のかわりの「伊達政宗」。
天命である、としてはいけない道理がどこにある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。」
小国に分かれていたこの北の地を纏め上げたのは、まだ若き独眼龍だ。彼の存在が居なくば、強国に囲まれた、伊達の、奥州の弱体は必須。
越後の竜か甲斐の虎の顎か知れぬが、いずれにしろ乱世の餌食となるだろう。
いや、そうではないと。綱元は思う。
自分たちはただ、伊達政宗以外の主君をいだきたくないのだろう。
奥州を守り主家である伊達家を守り立てるのが家臣団の務め。伊達にはもう一人、次男の小次郎がいる。伊達家当主には彼が納まれ、今までどおり伊達家に忠義を尽くせばいい。
だが。
「あの方が、政宗様と似ているのであればそれに過ぎたることはない。」
「ま、それでいいんじゃない。」
今はただ。
それ以外に選びたくないのだ。
一言
私はどうやら伊達三傑に夢見すぎのようです。
伊達家というより政宗ラブで。
擬似家族。