「避暑?」
病院からようやく退院し、自宅で療養していた政宗は、帰宅早々そう言い出した祖父に政宗は怪訝な顔を向けた。
怪我も大分よくなり、そろそろ復学することを言い出そうとしていた矢先だ。機先を制された気分がそのまま表に出たのだろう。
普段は厳つい顔に微苦笑を浮かべて、不満げな孫の頭を撫でた。
大きな節くれだった手に、子ども扱いするなと振り払う事が出来ない。
随分と心配させたと思う。
それに昔からこの手にどれだけ癒されてきたか。
「うむ。夏休みも近いじゃって軽井沢の別荘にでやってゆっくいと養生すうとよか。いけんだ?」
「別に、いいけど・・・・・・・・。そんなに心配しなくても、もう大丈夫だっつーのに。」
「おいもしごっが終わればいくつもいだ。久しぶいにゆっくい休みたか。」
そう言われてしまっては政宗に返せる言葉などない。
今日は会社に出ていたが、政宗が戻ってきて以来、可能な限り自宅で仕事をしようとしているのはよくわかっている。休みたいというのは、祖父がというよりも、自分のためのものだろう。自分が気にすると思ってそう告げる祖父は、甘やかしすぎると思うが、嬉しさと照れが入り混じり耳が赤くなる。
「元親でん誘って先にやっとうとよか。」
「・・・・・・・・・・おう。」
「夏に軽井沢っつーのも悪くねーなー。」
「まあスノボもスキーも出来ねーけどな。」
長野といえば雪山に来るばかりだった最近を思えば、窓の外に広がる青々としげる樹木が新鮮にうつる。
野鳥の囀りや、セセラギの音など、都会にあっては耳にすることもないだろう。
しかし実際のところ、することがない。
病み上がりの身体でスポーツをする気にもならず、町の中を散策するとしても2、3日、残りは一日、別荘内で本を読むかゲームをするかというぐらいだ。
家にいるときとまったくかわらない。
退屈そうに、ソファに寝そべり、政宗は読みかけの文庫本を閉じた。
意外とのんびりするということが出来ない性質だ。
落ち着きがないというわけではないが、ただ何もしないということが出来ない。
「お前、療養に来てるんだろーが。」
「爺は来週にならないとこねーし。やることねーし。つーか何だかざわざわする。」
「は?」
「何か、ここにいていいのか、って気になる。どこか、いかねーと・・・・・・・・・・ここにいたらダメな気が・・・・・・・・・・・・。」
「政宗?おい?」
「ここから・・・・・・・・」
どこか。
遠く。
近く。
行かなければ。
呼ばれている、その先に。
呼ばれている、誰かに。
それに応えなければ。
「政宗!!」
間近で、元親の必死な声に呼ばれ、遠のきかけた意識が戻る。
ひどく、真剣な眼差しが、政宗をひたと見ていた。
痛いほどにつかまれた手首が、彼の動揺の強さをしめしていた。
「っと。あ?・・・・・・・・・・・俺は・・?」
「お前、大丈夫かよ。爺さんに連絡して・・・・。」
「いい!!絶対にすんな!!!!」
予想以上の拒絶に、一番驚いたのは政宗自身だ。
だが。
きゅっとうすい唇をかみ締め、呟く。
「これ以上、心配させたくねぇ。」
目を覚ました後、祖父はずっと傍にいてくれた。
少しだけ痩せた容貌に彼の心労がどれほどのものだったか。
鋭さを増した眼光は、それでも孫を見るとき、優しく笑む。
「・・・・・・・・・・・・・政宗。」
震える肩にそっと手を置く。
「つーかもうこれ以上ねーくらいに心配させてるから、お前。」
「だからこの先、爺孝行するっつってんだよ、バカ親。」
「爺さん、俺だ。・・・・・・・・・おう、何かまた不安定になってきてるぜ、あいつ。」
短いやりとりが密やかに交わされる。
あの聡い幼馴染に気づかれないように、密やかに。
赤い空の下。
すべてを冗談にしてしまえればいいのに。
闇の中に浮かび上がる燭台の焔がほんの微かに、常人であれば気にならぬほど微かに揺れた。
「佐助か?」
幸村が瞠目したまま、虚空に呼びかければ、質量というものを一切感じさせない声が「是」と答えた。
「竜は見つかったか。」
「いえ。」
「そうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・ならば、行け。」
下される命はひどく短く、そのくせ渇いたものだった。
忍の身だ、主命に否が在るはずもない。
行けと言われれば地の果てまでも行く。
死ねといわれれば懐にしのばせた手裏剣で喉を掻き切る。
だが。
「旦那。真田の旦那。戦がまた近い。」
「わかっている・・・・・・・・・・・・・・。」
北の列強、宿敵越後の竜。
東の北条は衰えたとはいえその城の威容は健在だ。
そして、東北。
伊達が制しつつあった彼の地で、動き出した火種。
これからの動向によっては北の勢力図は変わる。
大きく。
そのことを、幸村とて知らぬわけではない。
「上洛はお館様の悲願。」
「旦那。」
「俺とて、武将の端くれ。わかっている。」
すべては主君である武田信玄のため。
だが。
それならば。
「何故に出会ってしまったのか。」
出会わなければ。
彼にさえ出会わなければ。
何も知らず、何も抱かず、ただ敵を屠り、戦場を朱に染めればよかったのに。
主の為にただ槍をふるい、家の為に武勲をあげ、自らをただの一振りの武器として生きればよかった。
「必然でも偶然でも、とにかく旦那は出会ってしまったんだよ。」
「それならば、何故、天はそれを奪う!!」
与えておいて、奪うのか。
奪おうというのか、あの人を。
天は。
あのようなやり方で。
「俺は戦に征かなければならぬ。だが、佐助。」
お前は政宗殿を探せ。
「はいはい。」
万事すべて、忍めにおまかせを。
黒い翼が、空を舞った。
「は?上田??」
「おう。いけんだ?」
突然の祖父の提案に、政宗は首を傾げた。
余り馴染みのない地名である。
軽井沢からそう遠くないところにあるらしく、ドライブがてら明日、行ってみないか提案したのは、昨日到着したばかりの祖父だ。
毎日怠惰な日々をすごしている身としては、異論はない。
ただ。
胸にわだかまる何かが、ありそれがちりちりと神経を緩く伝っていく。
「政宗?」
「ん、何でもない。明日、だよな・・・。雨降らないといいけどな。」
何でもないと首を振って、政宗は深々とクッションに身を沈めた。
「おいは晴れ男なで心配すうな。」
豪快に笑う祖父に、ほっとした安堵の表情を浮かべ、政宗は目を閉じた。
柔らかな眠りに引き込まれていく。
静かな寝息を立て始めた孫の、茶色の、渇いた髪に手を伸ばした。
ゆっくりと撫でてやると、気持ち良さそうにすり寄せ、その猫のような仕草に、祖父は愛し気に目を細めた。
ゆっくりと緑の苔むした史跡を政宗は歩いていた。
振り返れば祖父が携帯で部下に指示を出す姿があった。
元親は自販機を捜しに行くといって、今ココに彼の姿はない。
翌日、祖父の運転する車で上田にやってきた三人はとりあえず、観光ということになり、帰りに温泉にでも寄ろうと決め、市内の史跡を巡ることにしたのだ。
史跡、つまり城か寺、という連想どおり、まずは上田城に行った後、すすめられて今度は寺に来た。
何の寺かはわからないが、由緒はあるらしい。
ふらふらと一人で歩きながら、辿りついた本堂を見上げた。
有名な戦国武将の菩提寺で誰かの墓があると、上田城の案内係が言っていたのを思い出す。
誰の墓だろうか。
再び後ろを振り返れば、祖父はまだ携帯電話を手にしていた。その厳めしい顔つきから会社の方で何かあったのだろうと推測し、政宗は一人で、再び歩き出した。
そのうち、元親か祖父が追いついてくるだろうと寺の周りを適当に散策する。
そういえば。
誰の、墓があるのだろう。
ふとそんなことを考えたが、すぐにどうでもよくなった。
墓など見ても仕方がない。
縁起が悪い。
ふと、視界の隅を掠めた何かにふらふらと引き寄せられるように、政宗はそちらに足を向け。
見つけた碑の前で足を止めた。
顔を顰める。
墓、だろうか。
それとも。
字を、読もうとして、その石碑の上にとまる鳥に気がついた。
「烏?」
特に珍しいものではない。
それなのに。
不意にざわざわと騒ぎ出す。
体内の血が音を立てて荒れ狂う感覚に、心臓が痛いほど、脈打つ。
どくどくと、そのまま皮膚を突き破り、皮膚を濡らすのではないかと杞憂するほどに。
鼓動が、跳ねた。
ぐにゃりと歪んだ視界の中で、烏の黒瞳が朱金色に輝いた。
「政宗?」
視界から消えた孫を。
「政宗?」
姿が消えた幼馴染を。
「政宗!!」
自分を呼ぶ声が聞こえるのに、それに応えることが出来なかった。
目を開けると、紅く燃え上がる太陽が沈み往こうとしていた。
紅い紅い空だ。
不吉なまでに鮮やかに、恐ろしくも美しい。
くらくらとまわる視界が安定し、ようやくあたりを見回せば。
「ここは・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うす暗い森の中。
ほんのりと木々の合間に人家とおぼしき灯火が見えた。
空を再び見上げれば、やはり夕暮れ。
視界に閃く黒と赤のコントラストに、既視感を覚え。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
喉が裂けるほどに。
声が涸れるほどに。
叫んだ。
思い出したくもないほどの悪夢を思い出し。
再び身を包む異界の風に。
応えたい呼び声が聞こえない。
一言。
あ、一ヶ月くらいたってる気が・・・・・・・・。
うらしま太郎な気分でございます。
拍手にてコメントを下さった方々、ありがとうございます。
とにかくもどってきました。
政宗様はもどってきたくなかったらしいですが。
てへ。
サナダテ暴走予定。
ちなみに鱶屋は上田に行ったことなしです。
帰国次第行く予定ですが。笑
温泉もな!