座敷に敷かれた豪奢な寝具の上で半身を起こし、ただぼんやりと外を眺めていた。
日が傾き、見事にしつらえられた中庭が朱にそまる。
目を覚ますと、そこは見知らぬ世界だった。
どこかの物語でもあるまいし、という想いは見事に裏切られ、自分は確かにここにいる。
再び意識を失い、目を覚ましてもそれは変わらなかった。
見知らぬ場所の見知らぬ人間達。
彼らの服や所作はまるで昔の、江戸や戦国やらの時代のもののようだ。
混乱し惑乱する彼を医師や女中達は長いこと臥せっていた所為だと判じ、細工物のように丁寧に扱った。
自分が着ていたはずの制服は脱がされ、今は白い夜着を身に纏っている。
「政宗様。」
名を呼ばれた。
伊達政宗。
それはまさしく自分の名だ。
だが、彼らが呼ぶのは自分ではない、他の知らない誰かだ。
答えを返さないと、二度呼ばれた。
きっと、政宗が応えるまで、それは続くのだろうと漠然とわかった。
ゆっくりと視線をそちらにあてる。
廊下に膝をつき、背筋をのばしてこちらを見る男がいた。
落ち着いたこの声には聞き覚えがある。目覚めたとき、その場にいた誰だろうか。
逆光で、男がどのような表情を浮かべているのはわからない。
だが。
鋭い、刃のような視線を向けられているのはわかった。
何もかも見透かすような、偽りを暴かんとする者の目だ。
「何の、ようだ。」
自分の声は、こんなに掠れていたのか。
酷く喉が渇いていた。
男は、ゆっくりと立ち上がり、夜具の上の政宗に近づき、その前に膝まづいた。
まだ若く、端正なその顔には表情らしい表情が見受けられなかった。
意図的に隠しているのだろうか。
男の硝子玉のような目に自分が写っているのが酷く居心地が悪かった。
「単刀直入に伺います。・・・・・あなたは、何者ですか。」
ああ。
恐怖と、安堵が同時に襲ってきた。
先の読めない不安と、自分が自分であるということを確認できた喜び。
男の名を思い出した。
小十郎、と呼ばれていた。
「つまり、貴方の名は伊達政宗であるが、我らの主君である伊達政宗ではない、ということですね。」
「ああ。気がついたらここにいた。多分、こことは異なる世界から来たんだ、と思う。」
言葉を選ぼうとしても、それ以外に言いようがなく。
「なるほど。故にあのような、変わったお召し物を召されていたというわけですね。」
「・・・・・・・・信じるのか、あんた。」
あまりにも話が進みすぎて、政宗は途方にくれていた。
こういうときは、普通、相手は信じてくれなくて苦労するのが常套だ。
自分とて、半信半疑の状況説明を、受け入れる男の意図がわからない。
胡乱気な政宗の視線を受け、彼の心中を察したのか、あっさりと種明かしをしてみせた。
「勿論。私は政宗様のお姿が消え、あなたが現れるまで、ずっとお傍で見ておりましたから。」
「あ!?」
「ちなみに貴方のお召し物を脱がせ、政宗様の着物に着替えさせたのは私の姉の喜多です。」
「!?」
「喜多は政宗様の乳母ですのでお気になさらず。」
「気にするわ!!!」
ツキツキと、消えたはずの頭痛がぶり返して来た。
なんなんだ、この無表情男は。
しかも、すべて始めから見て知っていたと言う。
それならば、承知の上での先の問いかけは、
「HOLYSHIT!!・・・確信犯かよ、この野郎。」
「・・・・・・貴方は、いんぐりっしゅを話すことが出来るのですか。」
「OF COURSE。」
それが一体何だというのか。
憮然としたまま、再び英語で応えを返す。
男の顔に、驚いたような表情が僅かに浮かんだ。
それはすぐに消え、再び無表情になった男はまじまじと政宗の顔を見つめ。
「それは良かった。・・・・・・・・・・勉強していただく手間が省けるというもの。」
「は・・・・?」
今、何かとんでもないことを言われた気がする。
「あなたには、政宗様がお戻りになるまでの間、奥州筆頭・伊達政宗となっていただきます。」
それは依頼などではなく、すでに決定事項のようだった。
あなたに拒否権はない、と眼差しが言葉よりも雄弁に語っていた。
「そんなこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「貴方は驚くほど、政宗様に似ておられる。正直、長年お仕えしている私でさえも判じかねるほどに。お姿のみならず、声も、振る舞いも。―――――そして、その眼。」
思わず、政宗は右目を覆う眼帯を押さえた。
これは子供の頃、病で失ったものだ。命を失う代わりに失った、熱病の名残。
病が残した跡は目だけでなく、体中にある。
「それさえも政宗様と同じなのです。」
男は、恐ろしいほど真剣だった。
真剣に、この城の主の代わりを勤めよ、と政宗に迫るのだ。
そんなことは出来ないと、無理だと言いかけて政宗は口を噤む。
断ることなど許さないとでもいうように、男はひたと政宗の独眼を見据えていた。
「今は戦国戦乱の世。あなたとて何も知らぬこの世界で一人、生きていけるとは思いますまい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
悔しいが、それは正論だった。
この地に寄る辺などない。
例えこのまま逃げたとして、行くあてもなければ帰るあてもなく、さ迷ううちに命をおとすかもしれない。
戦国の世だというのであれば尚更だ。
きゅっと唇をかみ締める。
悔しい。
だが、仕方がない。
「元の世界に戻る方法がわかるまで、だ。それまでならば。」
男はその答えに満足したように唇を綻ばせた。
「それでは、今から、貴方が奥州筆頭伊達政宗公です。」
どの道、これ以外に選択肢はないのだ。
奥州筆頭 伊達政宗
「ちなみに政宗様はいんぐりっしゅをお話になられる国際派ですので、出陣等の際には『Are you ready、Guys』あるいは『Let’s party YA-HA!!』でお願い致します。」
「どこのヤンキーだ、そいつぁ。」
一言
やってしまいました。
とりあえず、宗さまは一人メンフィスキャロルで。