「愛がない。」
 そう拗ねたように零す忍を竜は鼻で笑った。
 もとよりそんなものがこの間柄に存在しないことは承知のうえでの戯れ言だったが。
 それでも、とうに失くした心のあたりがその隙間がじくじくと疼いた。



















 無防備にさらされた白い背中。
 無数の傷と病の痕が残っていようとも、それは十分に艶やかで。
 煽られるのは、どうしようもない熱と。
 どこまでも心から離れることがない忍の本分。


 殺したいわけではない。
 だが、彼をここで殺せば数多の血が流れる無駄な争いは避けられる。
 なによりも、主君のために。
 必ずや障害となる彼をここで殺せば。


 情事の後の気だるげな空気を纏っていても、去来する想いは現の血生臭い事柄ばかりだ。
 だから骨の髄までお前は忍なのだと。
 嘲るようにそう言ったのは、目の前に横たわる竜か。
 それとも己の心だったか。
 いずれにせよそれは真の言葉であり、どれほど厭おうが自嘲しようが永遠にその淵から抜け出せはしない。
 最早、抜け出す気もないのだ。
 真田幸村を主君に定めたその時から、佐助には他に何もなくなった。
 指一つ、主君のため以外に動かせない。
 つまりは人として壊れ、忍びとして完成されたのだと。
 そう言ったのは師匠だったか。
 ただ、そうか、壊れたのか。
 そう思った時にひどく身体が軽くなった。
 心がなくなったからか。
 感情めいたものはある。
 嫌悪もあれば、ささくれ立つこともあるし、不意に和らぐこともある。
 だが、次の瞬きの後にそれらをすべて消し去ることができるのだ。
 何という業だろう。









「行くのか。」
「うん。」
 着崩れた忍び装束を手早く整え、額宛を手にした忍に、褥の中から伏したまま竜が声をかけた。
 喘ぎ疲れた声は低く掠れ、耐え忍ぶ者さえ劣情を喚起される。
 その身体を突き上げ、思う様乱れさせたのは僅かばかり前のことだ。
 汗ばむ肌を舐めた甘さ、仄かに香る白壇を思い出し、喉が渇きをを訴えた。
 去らぬ情欲の疼く奥底の熱を鎮め、平静な顔で頷くことならばいくらでも出来る。
 他者を騙すのも自己を騙すのも、忍の技だ。
 
 だが。





 眠ってしまったのだろうかと思いながらも、耳にほのかに届くあえかな呼吸は、彼が眠りに落ちてないことを告げていた。
 それよりも。
 呼吸一つで、揺さぶられるなんて。
 
 どうしたことだろうね。













 夜闇を飛ぶ様に駆ける。
 身に染む夜露の冷たさも、耳に痛いほどのしじまも。
 これは夜の世界。
 忍の潜む暗闇の世界とは似て非なるものだ。
 唐松の枝に降り立ち、前を見れば、雲間から猫の目のように細い三日月が零れおちた。
 忌々しい。
 今こうしてその光を見れば、どうしたって彼の竜の姿ばかりが蘇る。
 その透徹とした青い独眼も。
 英語交じりの毒舌も、低い嬌声も。
 幾多の痛みを刻む身体も。


 思いだして、疼く胸をどうすればいいのかわからない。
 じくじくと。
 心があった辺りが傷む。
 無い筈のものが告げる痛みをどうすればいいのかなど。
 忍び鴉にわかるはずはない。














「お前にも愛なんてねーだろうが。」
「うん。」
 愛がないと言われた時ではなく、その時、失くしたはずの心が痛んだ。












恋に焦がれて鳴く蝉よりも
鳴かぬ蛍が身を焦がす















一言。
何の弁明の余地もありません。
だからサナダテじゃなくて君はサスダテっていわれるんだよ。
最近気づくと佐助→←伊達。
何かこの人たちは気を抜くと不幸フラグが立つから注意が必要です。