雪に覆われた世界であれば、眼が一つであろうとも二つ揃っていようとも、同じに見えるであろうか。











 雪が積もったのでとりあえず雪だるまを作ってみた。






 そういって胸を張る伊達軍きっての猛将に、一つ年上の彼の主君は真顔で、手近にあった雪を丸めてぶつけてきた。
 狙いの正確さは刀であろうとも雪玉であろうと同じで、ついでに六爪流などという常軌を逸した握力腕力の奥州筆頭が投げた白い弾丸は、見事に成実がつくった雪だるまを粉砕した。

「おま・・何しやがるんだ!俺の力作が台無しじゃねぇか!!!」
「HA !!雪が降ったらとりあえず雪玉作ってぶつけるだろうが。」
「ぶつけねぇよ!!どこのガキだ。お前そんなんだから若造だとか、協調性がないとか、友達いなさそう、って言われるんだよ!!」
「Shut up!余計なお世話だ!!つーか俺はまだ若ぇ!」

 罵倒しあいながらも、二人の間で雪玉が弾丸の如く飛び交う。
 かたや奥州筆頭伊達政宗、こなた猛将の誉れ高い伊達成実。
 遊戯のはずのそれも、互いの戦闘力をフルに使っているため、雪庭はもはや戦場である。
 しばし両者の間で攻防戦が繰り広げられ、互いの消耗が激しくなってきた頃。
 引くに引けなくなった二人を止めに入ったのは、右腕である片倉小十郎だった。
 派手に怒鳴りあいながらの雪合戦に、家中の者が気づかぬわけがなく、誰かが彼を呼びに走ったのだろう。
 
 暴走した二人を止められるの片倉のみ。
 
 伊達家家中、暗黙の了解事の一つである。

「お二人とも。そろそろ政務にお戻りくださ・・・・・!!??」
「あ!!」
「げ!!!!」 



悲劇が起きた。



 政宗の投げた雪玉を成実が避け、運悪く後ろにいた小十郎の顔面に、それが彼の顔面で砕け散った。
 そう、顔面中央に。
 すでに氷点下であったその場の気温が更に下降する。
 すべてが凍りつくその場で、妙に緩慢な仕草で、小十郎が顔を覆う雪を払う。
 嵐の前に、静けさというのだろう。
 その中で渦中の二人は沈黙に耐えることが出来ず。




「Hey・・小十郎・・・?」
「だ・・大丈夫か・・・・・・・・?」


「I don’t want to here any excuses。」(訳:言い訳など聞きたくありませぬ)


 にっこり微笑み、そして、鬼の形相に変わる。
 戦場においては彼もまた鬼片倉と称される猛者である。
 すでに雪まみれになっていた二人は、悲鳴をあげ逃げ惑い、切れた小十郎に追撃される事態に陥る。




「鬼庭殿・・・・・。」
「もうほかっておけ。」
 小十郎、ミイラ取りがミイラになってどうする、と喉元まででかけた言葉を飲み込んで、胃の辺りをそっと押さえた。















 夜半に突然目が覚め、冷気に身を震わせた。
 真夜中に、呼ばれたのか。
「あーやべ、身体中いてぇ・・。」
 節々が小さく悲鳴を上げているのは、雪合戦故というよりも、そのあとの不慣れな書類仕事の所為だろう。
 昼間は結局雪合戦に明け暮れ、その後しっかりと働かされた。
 元来、自分はそういった仕事には向かない。
 頭よりも身体を動かす方が良いし、何より一つのところに落ち着いて、座っていることができないのだ。
 その辺りは従兄弟だけあって、何かをしていないと落ち着かない好奇心の塊の政宗と似ていると思う。
 それを承知の上での小十郎の嫌がらせだ。
 むしろ罰かもしれない。
 いや罰なのだろう。




やはり戦場がいい。


 

 この静かな、白い夜に思うのは、さかしまの血の匂いが絶えぬ生々しい戦場だ。
 罪深いだの何だのと、思うことなどない。
 世の常だとか、人の悲哀だとかも関係ない。
 そんなことは坊主の仕事だ。

 単純に最もわかりやすくて、曖昧なものが輪郭を明瞭に持つ。
 その、すべてが剥き出しになる瞬間が好きだ。




 ぼんやりと降り積もった雪を眺める。
 雪は止んでいたが、どうせ冬の間は、自分の世界は雪に閉ざされる。
 雪が嫌いなわけではない。
 美しいとも思う。
 だが、その白さと冷たさに時に悲しみが生まれる。
 それは人を、心を鈍らせる。







「っと・・・・・・・・・・・。」
 廊下を歩みながら眺めていた白い世界に、立つ人影を認め、成実は白い溜息をはいた。
 目を凝らさずともそれが曲者ではないことがわかる。
 思わず、Shit、と舌打ちする。
「バカ殿。」 
 凍える真夜中に、薄着のまま雪の庭に立つ、政宗。
 バカ殿、で十分だ。




「何やってるんだよ。」
 声をかけられると、空を見つめていた政宗がゆっくりと振り向いた。
 雪を踏み分けながら、近づき傍らに立つ。そうすると、頭半分ほど高い成実を政宗は見上げることになる。
 予想通り不機嫌そうな顔をした政宗に、少しだけ成実の機嫌が浮上した。
「んだよ、お前、こんな真夜中に。小便か。」
「ああ?・・・てか、お前の方こそ本当に何やってんだよ。」
 白い夜着のままの姿に、羽織はと辺りをみると、藍色のそれが雪の上に落ちていた。
「Jesus !!しかも裸足じゃねーか!!」
 雪駄も何もはいていない、素足で雪の中に立つ主君は本当にバカだ。
 小十郎が見たら、卒倒するだろう。
「面倒くせぇ。」
「バカだろ、お前絶対バカだ。」
「お前に言われたらお終いだな。」
 Haと笑う従兄弟に、もうどうしようもないと、溜息をついた。

 意地でも言わないのはわかっている。
 そしてこの殿様は、その意地で生きてきたと行っても過言ではない。
 どれほどの傷を負っても泣き言などはいたことがなく、むしろ涼しい表情で大したことはないと笑う男だ。
 だから、そんなものまともに相手してられるか、というのが成実の意見である。




 こんな真夜中に裸足で雪庭に立っていて、何もないわけがないのだ。




 肉親のこととか、家中のこととか、戦のこと。近隣諸国の情勢。
 政宗を悩ませるものなど反吐が出るほど転がっている。
 俺は頭が悪いし、考えることは苦手だ。
 頭のいい政宗が何を考え、何を思うかなんて、わからない。
 だから、思うままに行動して、それで間違ってたらその時はその時だし、大抵そういう時は政宗が殴ってとめる。
 それでいい。
 だから、この時も成実は思うままに行動する。
 すっと、身を屈ませ、政宗の膝裏に腕を回し、肩に担ぎ上げる。
「ちょ!!おい、成実!!」
「きこえません。」
 小さく抗議の声をあげる政宗を無視して、ずんずんと進む。
 政宗が抗議はしても殴ってこないから、自分の行動はやはり正しかったと思う。
 肩に担いだ身体は驚くほど冷たかった。
 一体どれだけの時間を、雪の中で過ごしていたのか。
 あの真白の庭で一人、佇んでいたのか。
 ずっと。


「苦しいよな。」
「何ことだ?」
「何でもねー。」


 ああ。ああ。
 意地っ張りだからな、お前。
 苦しいなんて絶対言わないだろう。
 自分でももうわかってないのかもしれないけど。
 でもな、俺も苦しいよ。
 そうやってお前を独りにさせていることがすげー苦しい。












 部屋の前まで、担いでいくと、そこには青い顔をした小十郎が居た。
 政宗の身体を抱えている成実を見て、強張っていた頬が安堵に緩む。
 やっぱり、こいつも目が覚めたか。
 何となく、それを予想していた成実は、布団の上に政宗の身体を降ろす。
 その時、触れた指先の氷のような冷たさに思わず眉を顰めた。
「成実殿も、お休みください。」
「ああ、そうするわ・・・。では殿、おやすみなさい。」
 後を小十郎に任せ、部屋を出て行こうとする成実を、政宗の声が呼び止める。

「おい。・・・・・・・・・・・風邪引くなよ。」
「おう。俺、バカだから大丈夫。」
「確かにな。」
「それは貴方様もでございます。」














 しんと重苦しい夜の冷気が身体に纏いつく。 
 政宗を肩に担いでいたときは、何も感じなかったそれを自覚すると、あんなに冷たい身体でも、やはり暖かだったのだと気づき、安堵する。


真夜中に、目が覚めるのはいつだってお前のことだ。


 本当にどうしようもない殿様だ。
 何をしているのか、などと問いかけるな。
 お前の声が聞こえたなんてこと、言えるわけがないだろう。



 軽く伸びをして、部屋に入ろうとし、自分の部屋の前に置かれた小さな物体に、気づいた。
 夜闇の中、廊下の柱の影に隠れていて、部屋を出るときに気づかなかったそれは、小さな雪だるまだった。
 自分が昼間に作った雪だるまとは違い、大きくもなく、いびつでもない。
 小さな球形のそれには、椿がさしてあり。
「マジかよ・・・。」
 思わず成実はその場にしゃがみこむ。
 後から後からこみ上げる笑いを噛み殺しきることが出来ない。
 誰の仕業かなんて、説明されなくてもわかる。
 こんなことをするのは、アイツだけだ。
 顔をあげると、とぼけた表情の雪だるまと目があって、再び笑いが止まらなくなる。


「殿、面白すぎ・・・・・・。」


 生理的に浮かんだ涙を拭いて、立ち上がる。
 雪だるまにささっていた椿を手に。
 
 雪だるまはやがて解けてしまうだろう。
 雪も、春には解ける。
 


 それまでの間、戦場の血の赤を思うのではなく、この赤でいいか、と思った。







 お前がどの赤を思うのか、俺にはわからないけれど。










おまえの心と氷室の雪は
いつか世に出てとけるだろ







一言。
これは何に分類すればよいのか分かりませんぬが。
伊達三傑は議事家族でいい。
武田さんちとは別の仲のよさで。
違いは多分皆殿のこと大好きという自覚がしっかりあって隠そうともしないところかと・・。