国の最果て







 十五夜だった。






 十一月の空気は冷たく、思い。曇天が続き、ここ数日のうちに雪の日があるだろう。
今宵も月には雲がかかっている。
 月に村雲、花に風とはよくいったものだ。


しかし、それらの妨げは悪いものではないと思う。
 




それもまた、粋だ。
 




 政宗は、自分の城の縁側に杯と盆を乗せた膳を置き、一人夜を寛いでいた。
 着流し姿は、口うるさい片倉にでも見つかれば、風邪をひくだの何だのと小言を言われることは必須であろう。
北国の冬の訪れは早く、長い。だが、酒が入り僅かに火照った身体には夜の冷気が心地よかった。
 虫の声も蛍の乱舞もなく、あるのは静寂としんとした冷気ばかりだ。だが、それゆえに一層、満月が玲瓏と
空に座しているように感じられた。
白々としたその光の下、だらしなく胡坐をかいていた政宗は、杯を飲み干すと、無造作に背後の薄闇に声をかけた。
「HEY!忍び。珍しく忍んでないで、降りてきたらどうだ。」
 からかう様な響きは最早十分に馴染み、彼の個性ですらある。
 それまで、何もなかったその闇のその只中から、不意に現われた人影は、呆れたようにため息をついた。
 半ばは自己嫌悪である。
 忍びは忍ぶものであって、珍しく忍んでないでとか言われてしまう己は一体なんなのだろうか。
忍びのはずだ。
 しかも一応武田忍軍頭のはずなんだ。
 もっとも戦場に出て戦忍なんぞをやっている時点で忍びようがないのだが。
はあ、とため息を吐きながら彼に近づく。
 こちらに背を向けている彼の姿はまったく無防備で隙だらけだ。だが、佐助は彼に刃を向けるつもりはない。

 今はまだ。

 それに、うかつに手をだして済む相手ではない。
若干十九歳にして奥州を平定した手腕は並大抵の才覚ではない。
加えて戦場での武将ぶりもいやというほど見せつけられてきた。
 隙があるからといって、それをそのまま鵜呑みにみできような相手ではない。
 今も、天井裏に忍んでいた彼を、常人ならばけして気がつかないはずの物音一つで判じた。
 うちの旦那もそうだけど、いい加減規格外だよなー・・・。
ちょうど目の前の独眼龍と対照的な紅蓮の色彩を纏う歳若い主の姿が脳裏を過ぎる。
「こんばんは、独眼龍の旦那。」
「SIT DOWN。見下ろされるのは好きじゃあねーんだ。」
 南蛮の言葉はわからないが、つまり座れということなのだろう。
佐助は、縁側に腰を下ろした。
 いいのかな、俺一応武田の忍びなんですけど、とかそういったもろもろの常識はとりあえず脇によけ、
斜め前に座す独眼龍の横顔に視線を走らせた。北国特有の白い肌、端正な容貌。
黙っていれば十分に美々しい若者だ。
黙っていればの話だが。
着流しから覗く肌の上に残る疱瘡の痕を見つけ、そっと気づかれないように目線をそらした。
とうにそんなことを思う心は失くしたが、それでもどこか痛ましいのだ。
―――――――彼はそれで母と弟を失ったのだ。
「HEY,忍び。」
「はい?」
「お前飲めないんだから、酌ぐらいしろ。」
 ニヤリと片目が意地悪く笑う。
 
なんなのその無駄に偉そうな笑いは。

 はいはい、と面倒くさげに酒をつぐと、お返しとでもいうように湯冷ましが押し付けられた。
 傍若無人なくせに細かい気遣いがあったりする。
偶にある、こういった時が、実は一番佐助を戸惑わせるのだ。
「しけた面してんじゃねーぞ。武田の忍び。」
「や、地顔ですから。」
 へらりと笑うと、つまらなさそうに政宗は杯を煽った。すがすがしいほどの飲みっぷりである。
 さー、と音がしそうなほど鮮やかに雲が晴れ、満月が姿を見せた。
 白い光が眩しいほどに感じられる。
 しばらく続く、沈黙に耐え切れなくなったわけではない。
 ただ、彼に聞きたかったことが一つあったのだ。
それは常に心の片隅にあり、今ならば聞けるかもしれないと思ったのだ。
「あのさ、独眼龍の旦那。」
「WHAT?」


「なんで、九州攻めしたの?」





 夏の、ことだった。
 伊達は突如、上杉・武田と休戦協定を結ぶなり、水軍を編成し、どこへ攻め込んだかといえば最南端。
九州は島津領だった。
 信玄の命により、その行動を追っていた佐助は一部始終を知っている。
 結果はといえば、敗退。
流石の若き青竜も乱世の雄、鬼島津には敵わなかった、ということだ。
早々と大将戦に持ち込んだため、兵にほとんど損害が出なかったことだけが幸いといえよう。
 

佐助としては、正直、愚行としか言いようがない。
 どうして、奥州筆頭がそんなバカな真似をしたのか。
 彼を僅かでも知るからこその疑問だった。


「HA!!何を言うかと思えば、・・・・単に南が見たかったからだよ。」
「・・・・・・・・・・・は?」
「この国の北の果ては一揆鎮圧でみたからな。そしたら、南の果てが見たくなった。そんだけだ。」
 あっさりと言い放ち、「DO YOU UNDERSTAND?」ときいてきた。
「や、全然わかりません。」
南蛮の言葉はわからない。
わからないが、今の意味は何故かわかってしまった。
 正直に言おう。
 さっぱりわかりません。
 ていうか、ごめんなさい、この人バカな真似をしたんじゃなくて、バカだ。
「SHIT・・つまんねー奴。」
「つまるつまらないの問題じゃないと思うけど。」
 正直、伊達軍に同情する。
ごめんね、旦那。今まで忍び使いが荒いとか、毎日暑苦しいとか不満とか言って。武田のほうがマシだったよ。
上には上がいるということを改めて思い知る。
嫌な思い知り方だが。
「お前今なんかMILDに失礼なこと考えていなかったか?」
「や、別に。ていうか、それだけで、普通行かないから。」
「オレは普通じゃないからな。」
 それはよくわかっている。力いっぱい同意するが。
 けれど、不意にその言葉に潜む何かを嗅ぎ付けて、佐助はまた複雑な気分を味わう。

 
ああ、嫌だな・・・・。

 
なんでこう時々胸の痛くなるようなことを言うのだろうか、この殿様は。
普段は確信犯の癖に、こういう時ばかりは、何も意図せず素を晒す。
  これにやられて、こんな顔させるくらいならば我侭をいって傲岸不遜に笑っていてほしいと思ってしまうのだろうか、
伊達の家臣たちは。
 それは正直甘やかしすぎだろう。
 けれど、つい、分かってしまうのは一体何の業だというのか。
「それに・・・、自分の目指すものの果てがどうなってるか、見ておきたかっただけだ。」
「果て、ね。」
「果てだろ。」
 南の最果てだ。
 今は北から南から、普く武将が競う群雄割拠の時代だ。時代の行き着く先は誰にもわからないだろう。
だが。
「国の、果てに行けば何か見えると思った?」
「NO・・ただ見たかっただけだ。果てを。」


 ああ。
やっぱり、バカだ。
 

本当に、戦国武将ってやつは、どいつもこいつもバカばかりだ。
 人の命も自分の命も、何だとおもってるんだろうね、一体。
「バカじゃねー戦国武将なんて、いねーだろ。」
 まるで、読心の術でも心得ているかのように、独眼龍はさらりと告げる。
「あんたとは気が合わないけど、それには賛成するよ。」
 そう返して苦笑すると、偉そうな笑みが返ってきた。
 








「ところで独眼龍の旦那、その緑色の何?」
 そうして忍びが興味津々とばかりに指し示すのは、漆塗りの高槻に盛られた緑色のきんときのようなものだ。
「あ?づんだだ。づんだ餅。」
 あっさりと告げられた名称はきいたことがないもので。
 首をかしげる佐助に、政宗は呆れたように尋ねた。
「お前、これだけ奥州にきてて、知らなかったのかよ・・・おら、食え。」
 勧められるままに手にした緑の中身は餅で、まあ、ぼた餅の緑色のようなものかと、食する。
「うまい。」
 緑の豆はえんどうだろうか。甘すぎず、どこか上品な味だ。
 旦那が好きそうだなーと、甲斐にいる無類の甘味好きを思い出す。今度土産に買っていってやろうか。
「当たり前だ。オレがつくったんだからな。」
「そっかー・・独眼龍の旦那が・・・・・・・・・・・ええええええええ!!!」
「うるせーぞ、忍び。」
「マジですか。」
「OF COURSE」
にやりと、また偉そうなあの笑みを浮かべるのは間違いなく奥州筆頭だ。












ごめん、旦那。なんだか一瞬、ときめいたよ。









END


前提:島津伊達。宗様は九州にいきなりにいってそこで島津のじっさまと運命の出会いを。
国の果てを見に行ったら恋を見つけて帰ってきました。爆
島津伊達を書こうとしたら忍びが出張って別物になりました☆


何が書きたかったのか後で考えたところ単に忍びと宗様が話しているのが書きたかっただけの模様。

一言:それはよその殿様でよその忍ですから。


それから魚類友達に私信ですが、ずんだ餅ありがとう。
しかも金箔付。笑