爺と俺様
6.寝る子は育つ
「うおおお、さすがはおやかたさま・・・!」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
「それがし、涙で前がみえませぬううう」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
「見ていてくだされ、おやかたさむぁ・・・・」
何かが、唐突に切れる音がした。
切れてはならないものだった気がする。
だが。
「け・・・・・・けんしんの奴、どこに行ったんだ・・?」
「さあね、もう嫌になったんじゃない。」
「つか幸村、寝言と普段言ってることがまったく同じってどういうことだ?」
「それ以外の言葉がインプットされてないんじゃない?」
「あ、謙信帰ってきたぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。」
満面の笑みと共に。その白い手にあるのは。
「「「「「濡れ布巾・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」」」」」
「えいごうのねむりをおしえてあげましょう・・・・・・・・」
「ちょっっ幸村起きて!!!!!!」
「お前寝てたら死ぬぞ!!!!!つか殺される!!」
「つか先生、それマジ死ぬから!!!幸村死ぬから!!!」
「しかってくだされ、おやかたさま・・・・。」
「「「おーきーてぇええええええ!!!!!」」」
7.夏休みの朝
夏休みが始まった。
しかし夏休みだろうがなんだろうが、佐助の一日は変わらない。
彼の一日は、朝六時に起きての、朝食の支度から始まる。
洗濯物を干し、ゴミ出しをする。
主婦である。
主夫といったほうがいいのかもしれないが発音すれば同じだからどうでもいいかもしれない。
唯一マシなのは、同居人たちの朝も早いと言う事だろうか。
起こす必要がないのは、忙しい朝にはありがたい。
祖父である信玄が館主をつとめる道場の掃除は幸村の務めである。彼はそのあとラジオ体操にいくだろう。
裏口から外に出ると、同じようにゴミ出しに現われた隣家の政宗とばったりと出くわす。
これもいつものことなだ。おたがい技術家庭でつくったエプロンをしているのも気にしない。
ちなみに彼のエプロン柄は雲竜で佐助のそれは唐草である。
「おはよう。」
「おう。・・・・・・・・相変わらずだな、お前のとこ。」
「まあね。」
何が、というまでもなく、先ほどからやかましく響き渡る、
「おやかたさまぁあああ」
「ゆきむるぁあああ」
の叫び愛である。
あの祖父と孫は本当に朝一番からもうどうしようもないのである。
近所迷惑をかつて危惧した事もあったが、すでにご町内の目覚まし時計がわりにされているというのを知り、何とかと鋏は使いようだと幼心に思ったものだ。
「そういえば、今日の朝市、行くよね。」
「おう、まぐろの短冊と醤油が目玉だよな。」
「そうそう。山芋買って、山かけにしようかなー。」
「なら俺は漬け丼にでもするか。大葉ならあるし。」
「あ、太閤スーパーでトイレットペーパー特売だって!!お一人様二つまで。」
「お前のとこ、道場で大量にいるもんなー。幸村連れてけばいいんじゃねぇの。」
「ああ、そうだね。ついでに元親も呼び出そうか。」
小学六年生の会話とは思えないやりとりである。
8.夏休み計画
「で、今日はトイレットペーパーのために呼び出されたのかよ、俺は。」
毎度の事だが、それでも懲りずに同じことを繰り返して愚痴るのは諦めの悪い元親である。
嫌ならこなければいいのだが、基本的にお人よしの彼は、頼まれごとを断る事が出来ないでいる。
「どうせお前、暇だろう。」
「暇じゃねーよ!俺まだドラクエW、クリアしてねーんだぞ。」
「何でそんな古いのやってるのさ。」
彼らがたむろしているのは、商店街の一画にあるコンビニの前である。
缶ジュースを飲みながら駄弁っている様はガラが悪いといえなくもないが、近くに止められたスーパー特売品がテンコ盛りのママチャリを見れば、何となく微笑ましい。
「そういえば、盆休み、お前らまた信州で山篭りか?」
「毎年恒例だからねー。」
「修行でござる!!」
威勢のいい幸村を見たあと、隻眼二人はそろって佐助を道場の眼差しを向けた。
「政宗殿はどうされるのだ?」
「俺は、爺とバリ。」
「おお、フランスでござるか!!」
「それはパリでしょう、政宗が言ってるのはバリ。」
「俺は幸村がパリがフランスあること、知ってることに驚いたけどな。」
「でも、何でバリなんだよ。」
「・・・・・・・・爺がプライヴェートヴィラなら専用プールがついてるって・・。」
「「あっまーい・・・・・・・・・・・・・」」
それはおそらくは、人前で肌を見せたくない政宗のためなのだろうが。
それって祖父と孫というより新婚カップルハネムーン仕立てな気がするのは俺だけでしょうか。
「元親は・・・・・」
「お盆は稼ぎ時だからな。爺の手伝いだ。」
元親の祖父、元就の職業は寺の住職である。
最近知った事だが、檀家の間ではあまりにもかわらない元就に一種畏敬を抱いているらしい。
確かに50年もまったくかわらなければ、むしろその方が自然なのかもしれない。
「稼ぎ時いうな。」
坊主丸儲け。
その言葉が脳裏をよぎるのは俺だけでしょうか。
9.夏の思い出
8月31日は当然ながら、外で遊ぶ子供は少ない。
なぜならば。
その日は夏休み最終日であり。
夏休みの宿題を片付ける日、だからである。
「うおー、わからねー!!!!」
「日記・・・つけ忘れたでござる・・さすけぇええええええ!!」
多分にもれない二人と。
「Foolish。そんなもん、最初にすませとけ。」
「日記なんて毎日書かないとねぇ・・・。」
俺は家計簿と献立表と一緒につけてるから忘れないけど。
まるで主婦の鑑である。
いや、まるでなどというのは必要ないかもしれない。
主婦の鑑、猿飛佐助、小学六年生。
「そういえば、バリ、どうだった?あんまり日焼けしてないけど。」
「あー、よかったぜ。地元の市場とかで野菜とか香辛料買って料理したり。ハンモックで昼寝したり。」
「ホテルじゃないの?」
「爺の奴、朝飯は日本食じゃねえといやだっつーから、台所がついてるコンドミニアムに泊まったんだよ、ったく。」
「へー・・・・・・・・・・・・・・・・。」
大変だったね、ていうか頬染めて仕方が無いなー、みたいな顔で言われても。
マイルドに惚気られている気分になるのはどういうわけだろうね・・・。
「相変わらず、お前のとこは。」
「あは。まあ、慣れてるからね、大人数の食事作るのは。」
「そっか。・・・・・・・・・元親は結局どっかいったのか?」
盆暮れは家業の繁忙期である。
ゆえに寺の小坊主である元親と祖父である住職の元就は、夏と冬に遠出をする事が出来ない。
「あー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行ったぜ、一応。」
小さな声が、返ってきた。
どうやらあまり触れて欲しくないらしい。
だが、ここにいるのはそんな気遣いを持ち合わせない人間ばかりだ。
「どこに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・東京ネズミーランド。」
「だれと?」
「爺と。」
瞬時に脳裏に浮かぶのは、歌い踊る某ネズミカップルやらアヒルカップルやらリスやらネズミに飼われている犬やらおとぎ話の姫君たちである。
連鎖反応でネズミ耳をつけた孫と爺を想像しかけ、慌てて打ち消した。
似合わない。
心臓に悪い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よかったね。」
「お前がマジでそれ言ってるならいろいろ疑わせてもらう。」
10.なかよし
「爺っ・・・・・・・って客かよ。」
本日も元気に帰宅してみれば、縁側に祖父と、隣家の通称おやかた様(幸村と佐助の祖父)、そして謎の寺の住職(元親の祖父)が並んで座っていた。
中々に異様な光景ではなるが、孫同士が仲がよいということをのぞいても、爺には爺同士の親交があるらしい。
時折、こうした光景を見かける政宗には特に驚きは無いが、他の三人(政宗作のずんだ餅目当て)にとってみれば事情は異なるらしい。
「げ、爺さん・・・・・・・・」
「おやかた様・・・・!!」
「おやかたっさまー!!!!」
喜色満面の約一名を除いて思わず顔をしかめるのは佐助と元親だ。
「ほう、元親、貴様祖父に対して「げっ」とは何ぞ?」
秀麗な元就の顔には微かに笑顔が浮かんでいた。
この顔をした祖父を相手にしてロクな目にあったことはない。逃走あるのみ。
逃げたところで夜になれば同じ家で顔を付き合わせるわけだが、今さえよければいい刹那主義元親。
しかし。
「どこへ行く。いきなり逃げ出すとは。家主に挨拶もなしか、我はそのような無礼者に躾けた覚えは無いぞ。」
いかんともしがたいリーチの差ゆえに、首根っこをつかまれ、情け容赦なく小言攻撃が始まる。首が絞まって泡を吹いている孫にかまわずに。
それに同情の眼差しをなげるのは佐助だが、しかしながら彼もまた無事ではすまない。
幸村 MEET おやかた様。
これで何も起こらないわけがないのだ。
「ゆきむるぁああああ!!」
「おやかた様ぁああ!!」
出会ったが最後、抱擁→殴り合いが始まるのが自然の理である。
正直、これだけは使いたくなかった。
だが。
「影分身!!」
叫びと共に分身した佐助が二人を懇親の力で庭に殴り飛ばす。
日々の家事に追われ続ける鬱憤で、一度切れたら止まらないのがおかんである。
「あんたらね!!ここは人様のおうちなんだよ??そこでいきなり殴り合いなんて何考えてるの!常識とかもう求めないけどね、そこの床の間の有田焼がいくらするかわかってる???いい加減にしてよね!!!????あんまり聞き分けないと三日間結夕飯抜きだからね!!!!!!」
「日本茶でいいよな・・・・・・・・って????」
一人、客人のために茶と菓子を用意していた政宗は席を外していた際に何が起きたのかと一つ目を丸くした。
半泣きで元就の肩を揉む元親。
庭に正座させられ、佐助に説教されている信玄と幸村。
それをのほほんと見ている愛する爺。
「?何があったんだ、爺。」
「祖父と孫の団欒のたんなう団欒ござんで。」
「そっか。」
にこりと笑って、自分の膝を示す祖父に照れながらも、そこに座る。
「仲良き事は美しかかな、なあ。」