爺と俺様
1.何故か佐助の受難から
それは一年前の事。
嬉しはずかしの新学年。
二年ごとにクラス編成がかわり、本日はその発表の日である。
従兄弟の幸村は朝から浮かれ気味で、いつにもましてハイテンションだ。
「同じクラスになれるといいな!!」
といわれ、あはは、と笑っておいたが、できたら学校にいる間は、平穏が欲しいと思うのは心が狭いだろうか。
切実である。
かなり切実である。
そして。
運命の鐘は鳴った。
<五年一組>
いつき
かすが
まつ
真田幸村
猿飛佐助
伊達政宗
長宗我部元親
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ありえない。
ありえないったらありえない。
問題児しかいないではないか。
むしろ問題児を一箇所に集めたようなクラスではないか。
張り出された掲示板の前で一人打ちひしがれる佐助の肩に、ぽんと手を置かれ、振り向けば麗しいばかりの微笑を浮かべた上杉先生が、微笑んでいた。
「びじゃもんてんのかごぞあれ・・・・・。」
その後、かすがにぶっ殺すという殺意を投げつけられたのは言うまでもない。
2.桜咲く
恋する乙女に年齢はない。
うっとりと頬をばら色に染め、思い浮かべるのは淡い恋心を抱く相手のことだ。
「上杉先生・・・・・・先生が私を見てる・・・・・・。」
「まーた上杉先生のことだべ?おらはもうちょっとワイルドなタイプの方が好みだ。」
「まつめは犬千代様一筋でございますわ。」
きゃあきゃあと、騒ぐ女子の声は、昼休み中の教室によく響く。
自然、彼女らの話しの内容を男子たちは聞く事になり、年頃の男子的にもその内容はなかなかに無視できるものではなく。
「だってさ。」
肩をすくめてみせる佐助に、元親は鼻をならし、幸村は首をかしげた。政宗は我関せずの境地にいるのか、これといった反応を示さない。
全員がそれぞれ別ベクトルで問題児とされ、めでたく一つのクラスにまとめられてしまったというのが今年度のクラス編成である。
「ま、いいんじゃねーの。俺も濃先生の太ももは素通りできねーし。」
正直面白くないとは思うが。
先生なんておっさんだろ、と言い放つ勇気はない。
そんなことを口にしたならば、凶器と化したタンバリンがどこからともなく飛んでくるのである。
「即物的だね、元親の旦那。」
あはは、と笑う佐助は、しかし、ある失態を犯してしまう。
「幸村は・・・・・まあ別として、政宗はどうなの?」
「あ?」
雑誌から顔をあげ、政宗は隻眼に、人を小バカにするような笑みを浮かべた。元が端正なだけに、その印象は強烈だ。
「どいつもこいつもわかってねーよな。」
「・・・・・?」
「真の男は50を過ぎてからだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おお、某にはわかりますぞ!政宗殿!!」
「GOOD。さすが俺のライバルだぜ、幸村!」
「見ていてくだされ、おやかたさむぁああああ!!!!!!」
がしりと、二人の間で握手が交わされ。
戦国小学校六年。
通知表に協調性がまったくありませんと必ず書かれる生徒ばかりのクラスの心は今、一つになった。
「「「「ジジ専が。」」」」
3.長の別れ
「俺がいないからって酒、飲みすぎるなよ。」
「わかっておいもす。約束は守う。」
「爺・・・・・・・・・・」
「政宗。そげん顔をすうな。」
「でも・・・・・・・。」
「寂しかかもしれんが、いっとのこっこざんで。」
「俺、やっぱり・・・。」
「政宗。」
にこりと、普段はいかめしく門下生に鬼とも称される顔が、力づけるように優しく微笑んで、少年の細い肩に手を置く。
不安にゆれる隻眼が、はじかれたように、祖父、義弘の顔を見つめ。
「爺・・。」
「楽しんできやったもんせ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんでさぁ、なんで、たった二泊三日の修学旅行で、この人たちはここまで盛り上がれるのかな・・・・・・・。
迎えに来た隣の家の猿飛佐助(同学年同級生)は、それをうっかり直撃し、旅に出る前から疲れきっていた精神にさらに負荷がかかった。
彼が今しがた出てきた家からは、まだ、
「おやかたさむぁ!!」
「ゆきむらあ!!」
「おやかたさまああああ!!!」
「ゆきむるぅあ!!!」
延々と続く叫び愛と、何かが壊れる音が続いていた。
帰ったら、修理しなければならない様々を思い出して、自然、遠い目になる。
どっちがマシなのかな・・・・・・・・・・。
4.父兄参観
今年もこの行事がやってきてしまった。
一体、誰だよこんなこと考えた奴、ていうかいちいち子供の授業なんか見てどうするつもりだよ、家庭と学校の重要な情報交換何てむしろ子供の居ないところでこそこそやってくれよ、というか結局武田の大将がこなければいいんだよ、俺がプリント握りつぶしても喜び勇んで幸村が渡すのは目に見えてるし。
「はあ。」
自分はまだ、溜息を吐いていないはずだ。
隣を見れば、何故か憂鬱そうな元親がいて。
「ちょ・・どーしたんだよ。元親が溜息なんて似合わないを通り越して気持ち悪いよ。」
「お前、喧嘩うってのかよ。」
そう返しはするものの、いつもの張りも覇気もまったく感じられない。
幸村ではないから拾い食いとか賞味期限切れのものを食べた、とは考えにくい。
「で、何があったの。」
「これからあるだろ、授業参観。」
「あー・・・・・・・・・・。」
「お前とこは・・・・・・。」
「武田の大将が来るの。逃げ場ないの。毎年恥かきまくりなの。旅の恥じゃないから掻き捨てれないの。」
何せ、武田の大将ときたらいつものテンションのまま「佐助学んでおるか!!」「幸村ぁ!わしが見ておるぞ!!」と熱血教師顔負けで。
幸村は幸村で「見ていてくだされ、おやかたさまあああ!!」とか叫びだす始末。
一人いたたまれない気分になるのは猿飛佐助である。
そろそろ、いろいろなことが恥ずかしい微妙なお年頃なんである。
「まあ、お前も大変だな・・・・・。」
「まあね。・・そういえば元親のとこは、どうなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・爺が来る。」
「あー、元親んとこもおじいさんと暮らしてるんだっけ。」
「おう、今はな。親父たち、船乗りだから帰ってこねーんだよ。」
「で、授業参観、何か問題あるの。」
「爺が来る。」
「問題なの。」
「うちの爺は妖怪なんだ。」
などと元親があまりにも真剣な顔で告げるから。
思わず突っ込む事も引く事も出来ずにいたが。
当日。
「うちの元親が世話になっている。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ええと・・若いお父さんですね。」
「祖父だ。」
毛利元就と、そう名乗る秀麗な美貌の青年を見、途方にくれて隣の元親を見れば。
だから言っただろうと言わんばかり目に諦念を浮かべて彼は立っていた。
5.夏の一コマ
「きょうからぷーるじゅぎょうがありますがみなさんけがなどないように。」
上杉先生の一言に、クラス中が大騒ぎだ。
その中で、きらりと切れ長の瞳で見つめられた佐助は、思わず逃げそうになったが。
さらにその後でかすがに殺意を込めて睨まれたのはもう本当に勘弁して欲しいが。
「おい、佐助。謙信の奴、忘れてねーぞ、一昨年の騒ぎ。」
「わかってるよ・・・・・・・・・・・・。」
あの頃は俺も若かった。(猿飛佐助11歳)
「佐助は一昨年何をしたのだ?」
「ああ、こいつはなー・・」
「ちょっと、元親、よけーなこと」
「プールで、五分間潜ったままあがってこなかったんだよ。」
「まさむねー・・・・・・・・・・。」
思わぬ伏兵に佐助は机にへばりついた。
「おお、さすがは佐助!!」
「しかも理由がかすがより長く潜っていられたらデートしてくれるから、だ。」
「破廉恥であるぞ、佐助!!」
「あああああもう、ほっといてよ!!しかもその後、今川先生に悩みでもあるのかと迫られるし!!かすがには反古にされるし!!」
「しかし、何故佐助はそんなに長く潜れるのだ?」
「ってきいてないし。」
もういや、この人たち。
わすが11年ほどの人生の中で何度繰り返したかわからない言葉を心の中心でつぶやいた。
「ああ、佐助はエラ呼吸ができるから。」
「そうなのか、すごいな、佐助は!!」
「ちょっと、政宗!!バカに嘘教えないでよ、信じちゃうから!!!」
「で、どうしたの、幸村。」
「うむ、政宗殿が見つからないのだ。」
体育の授業が始まる前にふらりと消えた政宗を幸村は時間ぎりぎりまで探していたらしい。毎年毎年、これは繰り返されることで、いい加減学ばないのか諦めが悪いのか。
察しているのは佐助だけではないはずだが。
「政宗は生理だからな。」
「!!元親、それはまことか!?」
「だからバカに嘘教えないでよ、信じるから!!」