ヒトリノ夜
暗い部屋に待つものは、ない。
目の前に、一ヶ月前に編入した学校を見下ろすことができるマンション。
六階の角部屋が今の政宗の家だ。
ただし、HOMEというには温もりにかける。
部屋に入るとすぐに明かりをつけた。冷たい白い蛍光灯の光が室内を明るくする。
温度を与えない、無機質な明りだ。
部屋の中央には白いソファ、テレビ、机。それに冷蔵庫。
それらが整然と置かれているだけの、生活感のない部屋はモデルルームのような印象だ。もっとも、政宗にとってここはあくまで仮の住まいでしかなく、暮らすというよりも住むためのものでしかないため、それで十分だった。
そう、それでいいはずなのに、今はそれがやけに気になった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、政宗は飲みながら寝室に向かった。
ベッドと、窓際に机があり、その上にノート型パソコンが置いてある。反対側の壁には荷ほどきされていない荷物が無造作に積まれている。
制服を脱いで、ルームウェアに着替えると、すぐに机の前に座る。
パソコンを立ち上げると、微かな振動音と共に動き出す。
それはこの部屋で暮らし始めて、日課となった行為だ。
毎日、夜になるとメールをチェックする。
コチラとアチラとでは数時間の時差があるため、夜遅くにならなければメールはこない。
ただ一人のためにとったメルアドには、ほとんど毎日、定期的にメールが来る。
はじめのころは短く、ひらがなばかりだった(変換ミスも誤字脱字も多かった)それらが、最近では長い文になってくることもある。
ようやく慣れてきたのだろうと一人で苦笑する。
出発前に必死で教えた甲斐があった。
自分の高校編入試験を棚上げして、つきっきりで強制特訓した。
覚えなかったら国際電話を毎日かけまくると半分脅して覚えさせた。
島津は年寄りには難しいだの、目が疲れるだのなんだのと言いながらも結局はしっかり覚えて、旅立っていった。
その成果がコレだ。
新着の未読メールの存在に、ほんの少しだけ、きつい目元がほころぶ。
どうせ未だに人差し指一本でキーボードを叩いているのだろう。
自分も鬼ではないからさすがにブラインドタッチまで覚えろ、とは言わなかった。
それにその必要も無かった。
本当は、ただ一言があればいいのだ。
「元気だ」か「元気か」のそれだけで十分なのだ。
それだけで随分と楽になる。
一人で異邦の地にいるのは島津のはずなのに、これでは逆だろうと思うのだが。
それでも島津がいないということ、島津が一人で遠くにいることが、この地を政宗にとっての異邦にするのだ。
傍らに置いたペットボトルの水滴が、机上に小さな水溜りをつくる。
喉を潤しながら、ふと先ほどわかれた二人を思い出す。
変な奴らだった。
ひたすら暑苦しくバカみたいに真っ直ぐなクラスメート、真田幸村。
それから飄々としてつかみ所が無いくせに細かい気配りを見せる猿飛佐助、とかいう大学生。
当たり前のように共にある二人は、疎外感を与えずに、それでも彼らの仲のよさはそのままに振舞っていた。
強引なくせに、不快に感じなかったのが自分でも不思議だ。
そして、思い返すこと。
まともに人と付き合ったのは随分久しぶりだった。
帰りの夜道、薄暗い路地から大通りが見えたとき、なんとなく息苦しくもあったそこから抜け出したくないと、思った。
カタカタとキーボードを叩く音がやけに耳につく。
夜はこんなに静かだったのかと、改めて思う。
いつもよりも少し長くなったメールをざっと読み返し、送信する。
「GOOD NIGHT」
ヒトリノ夜も悪くないと、思うのは強がりではない。
END
一言
三歩進んで二歩下がる。
何がってサナダテが