遊びに行けば偶に笑顔を見せてくれる(きらきら)
花を贈ればすぐに活けてくれる(華道を嗜んでいる)
たまに手ずから茶をたててもくれる(茶道も通じる)
夕餉や朝餉も振舞ってくださり(料理が趣味)
たくさん食べても怒らず感心してくださる(頭を撫でてくださった!!)
土産に甲斐の紫水晶を贈れば数珠を作って下さった(家宝にする所存!!)
抱きついてもあまり怒られないし(たまに六爪流で怒られる)
頬に接吻したらくすぐったいと笑われた。
「・・・・・・・・・接吻したんですか?」
「うむ、あまりにもよい匂いがしたので、つい。」
真剣な表情で頷かれ、佐助は思わず手にした布を目じりに当てた。
やばい、涙がでる。
「どうかしたのか、佐助?」
「や、ちょっと目に塵が。」
いつの間にこの子はそんなに大人になったのだろうと、成長を喜ぶ反面どこか寂しくもある。
これがいわゆる、子供が手を離れたときの親の心持かと、まだ子供どころか妻も恋人もいない真田の忍びはぐっとかみ締めた。
「それで、旦那。」
「うむ、その、政宗殿には嫌われてはいないと思うのだが。」
そこでどこか迷うように、一度言葉を切る。
「だが、わからぬのだ。その・・・」
「脈があるのか、ないのか、ってことですよね。」
「そう、そうなのだ!!!」
ぱあ、とそれまでの憂いが晴れたかのように、勢い込んで佐助の言葉に同意する。
だがすぐにそれは、辛そうな、苦しげな表情に変わる。
本当にいつの間にそんな『男』の表情をするようになったのか。
口を開けば、お館様と戦と団子のことしかでこなかったのに。
奥州筆頭、伊達政宗。
かつては敵であり、今では同盟国となった奥州の若き君主。
幸村とは歳が近く、二人は好敵手として互いの力量を認め合っていた。
だが、同盟が結ばれ、彼と直接言葉を交わし、杯を重ねるうちに、気がつけば幸村は彼に夢中になっていた。
嫌われていないという核心はあるのだろう。
話を聞く分には、むしろ好意を持たれているように思える。
だが。
「先日は目を細められ『お前は骨太だからもっと成長するな』と言われ・・・。」
「はあ・・・それは確かにわけがわからなくなりますね・・・・。」
何なんだ、その言葉は。
確かに、それは旦那でなくてもわけがわからなくなるだろう。
たとえば、友人や好敵手に言うにしても、少し何かが違う。
「ま、そういうことなら、ちょっと様子見てきましょうかね、奥州まで。」
「頼むぞ、佐助!!」
嬉しそうな主の顔に、やれやれと肩をすくめつつ、忍びもまた眦を和らげた。
「成る程。そういう訳ですか。」
「はい。そういう訳なんです。」
所代わり、場所は奥州独眼龍の居城の一室。
佐助の前には政宗の右腕と言われる、片倉小十郎が相変わらずの鉄面皮で座していた。
端正な顔は容易く揺らぎはしない。
伊達三傑とは戦場でも、そして休戦協定の場でも面識があり、何故か片倉とは話があった。
さすがに今回のことを政宗本人にたずねることは出来ない。だが、彼の最も傍にいる片倉ならば独眼龍の心内がわかるのではないかと、ある意味正攻法で行くことにしたのだ。
「真田殿が殿のことをお慕いしているのは伊達家家中ほぼ厩番まで承知しておりますが。」
「・・・・・・・・・・・・・そんなに知れ渡ってるんですか・・・。」
思わず乾いた笑みを浮かべる忍びに小十郎は横目で見て、溜息をついた。
真田幸村という男は戦場においてもその外にあるときでも、愚直なまでに一途で感じるままに素直だ。
あれで気がつかないほうがどうかしていると思う。
だが、おそらくその『どうかしている』のは自分の主君である。
「十中八九、殿は気づいていらっしゃらないと思います。」
「気づいていないんですか?」
幸村は感情が行動に直結する性質であり、しかも彼の思いは伊達家家中、家老から厩番まで知っているということなのに。
あの恐ろしいほど頭が回り、人の先を読み、僅か19歳にて伊達を奥州筆頭に押し上げた、彼が。
「これには、わけがあるのです。」
「はあ。」
「昔昔、殿がまだ幼く、梵天丸様と呼ばれていた時分のことです。」
唐突に始まった昔話に、佐助はただ曖昧に頷くことしか出来ない。
語り口調は相変わらず平坦でどう反応すればいいのかわからないが。
「片目になり、そのため周囲から奇異の眼で見られ、コンプレックスの塊になりドン暗で引きこもりがちだった殿は、ある雨の日に城に迷い込んだ子犬を拾いました。」
この人、本当に主君を主君と思っているのだろうかと一抹の疑念が過ぎる。
小十郎の話は続く。
「その犬のおかげで真っ暗だった殿の生活は少しずつ変わっていきました。言わば、アニマルセラピーと言うのでしょうか。」
アニマルセラピーという耳慣れない異国語に首を傾げつつ、聞き入る。
「殿はその子犬を大層可愛がっていらっしゃいました。子犬の方も殿によく懐き、いつも後をついてまわっておりました。・・・・ですが、ある日、その子犬は、庭先で死んでいたのです。」
「庭の片隅で冷たくなっている子犬を抱いて殿は一晩中泣いておられました。・・・・・・・・・・・・・子犬を殺したのは、母君であらせられる義姫様のご命令でした。薄汚れていて目障りだ、とのことで。」
「・・・・・・・・・・・・・・そいつは子供心が傷つきますね。」
「ズタズタのブロークンハートでございます。」
「・・・・・・・・・・・あの、それで?」
その時のことを思い出したのか小十郎の鉄面皮に殺気が過ぎり、佐助の背中に汗が一筋流れる。
何だか色々な意味で恐ろしい人物だ。
「それで、ですが、・・・・・・・・・・その子犬は目が丸く茶色の秋田犬の子犬でした。そして首に赤い布を巻いており、殿の後を常に突進するように転がっておりました。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!???」
「ちなみに殿がおっしゃられたという『骨太だから大きく育つ』というのは、私がかつて殿にその犬のことを申し上げた事です。」
「決定じゃないですか!!!真田の旦那、ものっすごく犬扱いじゃないですか!!??」
「ええ。ものっすごく犬扱いですね。」
「あああああああああああ。」
一体俺は真田の旦那になんて報告したらいいんだ。
友人とか、もうそれ以前の問題じゃないですか!!
犬扱いですよ、犬!!!
まあ真田の旦那は犬みたいだといえばそれまでだけど!!
「まあ犬だと相手が油断しているうちに、狼になって既成事実をつくってしまうという手もありですが。」
「か・・・片倉さん・・・いいんですか、ソレ。」
襲われるのアナタのご主君ですよ?
「殿さえよければ後はどうでもよろしいですよ。」
「じゃあ独眼龍の旦那が抵抗したら・・・・?」
「勿論、狼退治です。」
微笑んだ小十郎の視線の先にあったのは、床の間に飾られた南蛮渡来の歯輪銃だった。
この人、目がマジだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうしよう。
もの凄く色々な意味で、前途多難だよ、あんたの恋。
「それにしても、なんて察しが悪いんでしょうね、独眼龍の旦那は。」
「それが殿の可愛らしいところでございます。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
これほど惚れたる素振りをするに
あんな悟りの悪い人
一言
何だかこういう話は異常に早く筆が進みます・・。
殿が軽くお馬鹿さんに思われとる・・・。
しかし都々逸でエロめざすのではなかったのか、鱶屋。